「痴」
正字(旧字体)は「癡」である。

白川静『常用字解』
「会意。疒は疑は牀の上に人が病気で寝ている形。疑は杖を立てた人が後ろを向き、進むか退くか迷って立ち止まっている形で、疑い迷うの意味がある。そのように物事を判断できないような状態の精神的な病気の人を痴といい、“おろか、のろい、くるう” の意味となる」

[考察]
この字源説は妥当のように見える。ただ痴の意味が「精神的な病気の人」かは疑問。精神病の人ではなく病気に関わる語であろう。
まず古典の用例を見てみる。
 原文:食之無癡疾。
 訓読:之を食へば痴疾無し。
 翻訳:これを食べれば痴疾が治る――『山海経』北山経

『山海経』は戦国時代の文献とされている。地理誌の類で、自然界における薬物に関する記述も多い。「これを食べれば痴疾が治る」という「これ」とは人魚である。いわゆる人魚ではなく、オオサンショウウオ(漢名では鯢)の異名である。痴疾の治療に効果があると言っている。痴疾は明らかに病気の名前である。
癡の字源を見る。癡は「疑(イメージ記号)+疒(限定符号)」と解析する。疑は「つかえて止まる」というイメージがある(298「疑」を見よ)。疒は病気と関係があることを示す限定符号。癡は病気のために心がつかえて働かない状況を暗示させる図形である。つまり知恵・知力がうまく働かなくなる精神の状態が癡である。痴人・痴呆の痴である。