「稚」

白川静『常用字解』
「形声。もとの字は稺に作り、音符は屖。説文に“稺は幼き禾なり”とあり、まだ生長していない小さな禾(いね・穀物類)の意味とする。それで“わかい、おさない、おそい”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的に説明できないため、字源を放棄している。
現在の稚は稺・穉から変化したもの。字体の変化も見る必要がある。その前に古典における用例を調べる。
①原文:彼有不穫稺 此有不斂穧
 訓読:彼(かしこ)に穫(か)らざる稺チ有り 此(ここ)に斂(おさ)めざる穧セイ有り
 翻訳:あっちには刈っていない若い稲 こっちには収めていない刈り稲がある――『詩経』小雅・大田
②原文:許人尤之 衆穉且狂
 訓読:許の人之を尤(とが)む 衆(おお)いに穉チにして且つ狂なりと
 翻訳:許の人たちは私を非難 幼稚な上に無茶なやつと――『詩経』鄘風・載馳

①は幼い作物(苗)の意味、②はまだ成長しきっていない(幼い)の意味で使われている。これを古典漢語ではdier(呉音でヂ、漢音でチ)という。これを代替する視覚記号しとして稺・穉が考案された。
稺は「屖セイ(音・イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析する。また穉は「犀サイ・セイ(音・イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析する。屖と犀の関係については1244「遅」で述べている。動物のサイを表す字が犀であるが、サイの特徴を捉えてできた別の意味の語を表すために屖が作られた。生態的・形態的特徴から「おそい」と「するどい」の意味が生まれ、これを同時に表す記号が屖である。実は犀にもこの意味・イメージがある。「おそい」のイメージは遲(遅)に反映され、「するどい」のイメージは犀利という語に生きている。
以上のように犀と屖は「進み方がおそい」というイメージを示す記号なのである。時間的な進行がおそいことが遅、作物の生長がおそいことが稺・穉である。
さて字体は稺・穉から稚に変わった。隹は小鳥を描いた図形なので「小さい」のイメージを表す記号になりうる。ただし隹のグループである推・堆・維・催などには、このイメージはない。稚だけに使われる特別のイメージである。おさないことはまだ成長しきっていない子供を連想されるので、「小さい」のイメージを付与して稚の字体に変わったと考えられる。