「蓄」

白川静『常用字解』
「形声。音符は蓄。畜は染汁の鍋の中に糸たばを長い間漬けて染めることをいい、つみかさねる、たくわえるの意味がある。蓄は“あつめる、たくわえる、つむ” の意味に用いる」

[考察]
畜の解釈に問題がある。1249「畜」でも述べたが、田を鍋の形とするのは無理であり、畜を「鍋の中に糸束を漬けて染める」の意味とするのは、あり得ない意味の取り方である。この意味から「積み重ねる」「蓄える」の意味に転じたというのも合理性がない。字形の解剖も意味の解釈も疑問である。
蓄は語史が古く、次の用例がある。
 原文:予所蓄租
 訓読:予の蓄ふる所は租[=蒩]なり
 翻訳:私が蓄えるのは敷き藁です――『詩経』豳風・鴟鴞
蓄は明らかに「たくわる」の意味で使われている。これを古典漢語ではtiok(呉音・漢音でチク)という。これを代替する視覚記号しとして蓄が考案された。
蓄は「畜(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。畜は家畜の意味である。これと「蓄える」とは表面的な関係はない。言葉の深層構造を究明しないと畜と蓄の関係は分からない。これを明らかに説明するのが形声の説明原理である。白川漢字学説には形声の説明原理がなく何でも会意的に説明する。だから「鍋に糸束を漬けて色を染める」→「積み重ねる・たくえる」と意味を導く。しかしこれが「たくえる」ということだろうか。
「たくわえる」とはどういうことか。物を囲い込んで一か所にまとめてしまっておくことが「たくわえる」であろう。これを古典漢語ではtiokというのである。これはt'iok(畜)とほぼ同じである。つまり同源である。同源とは音の類似だけでなく、意味・イメージの類似があって初めて言えることである。家畜と「たくわえる」はどんな共通のイメージがあるのか。言葉のコアにあるイメージを捉えて意味を説明するのが形声の説明原理である。
畜は家畜の場合はt'iok、「養う」の場合はhiokであるが、この二つとももともと同源語から分化した語である。t'iokは守・収などと同源で「ぐるりと取り巻く」という基本義があり、hiokは好・孝などと同源で「大事にかばう」という基本義があると指摘したのは藤堂明保である(『漢字語源辞典』)。これを統括する更なる根源のイメージ(コアイメージ)が「周囲から中のものを覆う」というイメージである。この深層構造が具体的文脈で表現されるとき、家畜の意味を実現させ、「大事にかばって養う」の意味を実現させ、また「周囲から覆って中にしまいこむ」の意味を実現させるのである。
以上は語源の説明だが、字源はどうか。蓄は草に関係のある場面を設定した図形である。「周囲から中の物を覆う」というコアイメージが具体的場面を用いて表現される。それは、野菜や作物を中に大事に囲い込んでしまっておくという状況である。どこにでも見られる具体的な場面を作ることによって、「たくわえる」を意味するtiokを表記するのである。