「秩」

白川静『常用字解』
「形声。音符は失。説文に“積む貌なり” とあり、“つむ、順序よくつみあげる、ついず”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的に説明できず、字源を放棄している。
秩は果たして「積む」という意味か。古典における秩の用例を見よう。
①原文:賓之初筵 左右秩秩
 訓読:賓の初めて筵エンする 左右秩秩たり
 翻訳:客が宴席に就く始めは 左右に整然と居流れる――『詩経』小雅・賓之初筵
②原文:是曰既醉 不知其秩
 訓読:是れ曰(ここ)に既に酔ふ 其の秩を知らず
 翻訳:すでに酒に酔ったときは 順序がなく乱れほうだい――『詩経』小雅・賓之初筵

①は順序よく並ぶ意味、②はきちんとした順序の意味で使われている。これを古典漢語ではdiet(呉音でヂチ、漢音でチツ)という。これを代替する視覚記号しとして秩が考案された。
古典の注釈に「秩は次なり。次を以て進御するなり(順序通りに進める)」とある。これを図示すると▯→▯→▯→の形である。A→B→Cと順々に進む(移っていく)イメージである。これはA・B・Cが列を乱さずにくっついて並ぶ状態でもある。昔の書物は和綴じ本で、一巻、二巻の順に函に収める。この函のことを帙チツという。帙は秩の「順々に並ぶ」というイメージを受け継いだ言葉である。
次に字源。秩は「失(音・イメージ記号)+禾(限定符号)」と解析する。失は「横にずれていく」というイメージがある(747「失」を見よ)。「横にずれていく」は順序をなしているわけではない。しかし横への線条的な移動であるから、A→Bという移動を表現できる。これが連鎖するとA→B→C→Dというぐあいに横に進む。このイメージが利用される。禾は稲に関係があることを示す限定符号。限定符号の働きは意味領域を指示するだけではなく、図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。禾は農作物の場面を設定する。刈り取った稲を乱雑に置かないで、一本一本、あるいは一束一束ずつ、横に並べる場面である。これが秩の図形的意匠である。この意匠を作ることによって、上記の①②の意味をもつdietを表記しようというのである。