「中」

白川静『常用字解』
「象形。甲骨文字・金文には旗竿の上部と下部に吹き流しをつけた字形があるが、この吹き流しは旗によって軍の行動を指揮するときの標識となる。殷王朝の軍は左軍・中軍・右軍の三軍で編制されていた。この旗は中軍の旗で、中軍の将は元帥として全軍を統率した。それで中は“なか、まんなか”の意味となる」

[考察]
中は中軍の旗だから「なか」の意味になったという。
言葉という視点がなく、ただ字形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。上の説明だと「中軍の旗」という意味(概念)が先にあって「なか」という意味が後に生まれたと受け取れる。これは逆立ちした言語学・意味論であろう。「なか」という概念があってこそ「中軍」という概念が生まれたと考えないと理屈に合わない。左右の方位観があり、左右の真ん中という空間認識があり、それをtiongといった音で名づけ、その後に中軍という概念が発生したというのが歴史的な真実であろう。
『説文解字』では「中は内なり。口に従い、|は上下通ず」と説明している。これは意味と字形を同時に説明している。言葉の面では通に重点がある。通(t'ung)と中(tiong)は音が似ている。ある範囲・空間を上下または左右に突き通っていったその枠内の軌跡が内であり、上下・左右のどちらにも片寄らない位置が「なか」「まんなか」である。このようにして「なか」の概念が成立したと考えられる。
英語では真ん中に当たる言葉にcenterとmiddleがある。『Eゲイト英和辞典』によると、centerは「円、球形の中心または物の全体的な中心」の意、middleは「ある線または平面からの中心(真ん中)」の意という。漢語のtiong(中)はcenterではなくmiddleに近い。
漢語の中は「突き通る」というコアイメージから「なか」の意味と「突き当たる」の意味が実現されたと考えてよい。後者は命中、的中の中である。これも説明できないと正しい語源説とはいえない。この両者を同時にもつ言葉がtiongであり、それを代替する視覚記号しとして考案されたのが中である。
ここでやっと字源の話になる。ある枠(口)の上下に|(縦線)を突き通す図形であることは『説文解字』のいう通りである。甲骨文字や金文では縦線の代わりに吹き流しのついた旗竿をもってきた字形もある。白川はこれだけを重視して中軍説を唱えたが、旗竿も縦棒の一種で、枠を突き通して立てるものだと考えれば、特別視する必要はない。縦線を通した「中」は抽象的だが、旗竿を枠に通したものは具体的という違いがあるだけである。具体物にこだわると間違った解釈に陥りやすい。抽象的な意味を具体物を借りて表象するという漢字の造形法を心すべきである。