「抽」

白川静『常用字解』
「形声。音符は由。由は瓢簞の類の実が熟して溶け、殻の中がからっぽになった形であるが、抽はその熟した実を抜き取るの意味であろう」

[考察]
「瓢簞の熟した実を抜き取る」の意味とは奇抜である。抽にこんな意味があるはずもない。字形の解釈と意味を混同している。
白川漢字学説には形声の説明原理がないので、会意的に説き、字形の解釈をそのまま意味とするのが特徴である。
由の解字もおかしい。どこから見ても瓢簞には見えない。瓢簞の実は熟すると自然に溶けるものだろうか。実の中を空っぽにして容器などに使うのは、実の中身をくりぬいたからであろう。もし自然に空っぽになるならば、「抜き取る」という行為も不要になるはず。抽の意味が瓢簞の実を抜き取る行為から出たというのは矛盾している。
抽は語史が古く、次の用例がある。
 原文:楚楚者茨 言抽其棘
 訓読:楚楚たる茨シ 言(ここ)に其の棘(とげ)を抽く
 翻訳:ずらりと並び生えたハマビシ そのとげを引き抜く――『詩経』小雅・楚茨
抽は引き出す・引き抜くの意味で使われている。これを古典漢語ではt'iog(呉音・漢音でチウ)という。これを代替する視覚記号として抽が考案された。
抽は「由(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。由については1262「宙」で述べているが、もう一度振り返る。
由の字源については諸説紛々で定説はないが、カールグレン(スエーデンの中国語学者)が、ある範囲から出ていく図形で、それによって「~から出ていく」ことを示したと解釈したのが比較的良い。由は何かの実体を表すのではなく、ある区画(曰)から上方に縦棒(|)が抜け出る状況を示す象徴的符号と解したい。この意匠によって、「ある所・範囲を通って出てくる」「通り抜ける」というイメージを示す記号になりうる。軸は車の車輪と車輪の間を通って両端が抜け出た心棒を表す。(745「軸」の項)
由は「ある所を通って出ていく」「通り抜けて出る」というイメージを示す記号である。実際由は経由のように「通って行く」の意味が具体的文脈で実現されている。抽は手の動作・行為に限定されて、上記のような意味が実現されるのである。ある所(空間)から物をずるずると通して出すようにする行為である。これは抽出の抽である。「ひきだし」を抽斗というが、ここにも「引き出す」「抜き出す」のイメージがはっきりしている。