「注」

白川静『常用字解』
「形声。音符は主。主は燭台の形で、鐙あぶらざらの中で燃えている炎を加えている形である。説文に“灌そそぐなり” とあり、鐙の中に油を注ぐの意味であろう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。主(燭台)+水→鐙(あぶらざら)に油をつぐという意味を導く。
注にこんな意味はあり得ない。意味とは「言葉の意味」であって、文脈に使われる意味である。古典での注の使い方を見てみよう。
①原文:泂酌彼行潦 挹彼注茲
 訓読:泂(とほ)く彼の行潦に酌み 彼に挹(く)み茲(これ)に注ぐ
 翻訳:あに遠いにわたずみから 水を汲んで器につぎ入れる――『詩経』大雅・泂酌
②原文:豐水東注 維禹之績
 訓読:豊水東に注ぐ 維(こ)れ禹の績
 翻訳:豊水は東にそそぐ 禹の造った功績だ――『詩経』大雅・文王有声

①は水をつぎ入れる意味、②は川が他の川や海に流れて入る意味である。これを古典漢語ではtiug(呉音でス、漢音でシュ)という。これを代替する視覚記号しとして注が考案された。
注は「主(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。主については780「主」で述べているが、もう一度振り返る。
主の解釈は『説文解字』に「鐙(灯をともす皿)の中の火主(灯心)なり」というのが参考になる。段玉裁は主を炷(ともしび)の原字とした。これはほぼ定説になっている。主は蠟燭台の上で炎が立って燃えている図形と解釈できる。しかし「ともしび」という実体に重点があるのではなく形態に重点がある。炎が立って燃えている姿から、「⊥の形にじっと立つ」というイメージだけが取られるのである。つまり「じっと立って動かない」というコアイメージをもつ言葉がtiugなのである。(以上、780「主」の項)
揺れている炎に焦点があるのではなく、⊥の形に立つという灯心に焦点がある。主を取り巻くグループ(主・住・注・柱・駐など)は「⊥の形にじっと立つ」「定位置にじっとして動かない」というコアイメージがある。
これで注はどんな行為かが明らかになる。液体を器に入れる際には、上から下の方向に液体は⊥の形にじっと立つ姿(柱状)を呈する。だから「つぎ入れる」行為をtiugといい、注という図形で表記するのである。