「柱」

白川静『常用字解』
「形声。音符は主。主は燭台の形で、鐙の中で燃えている炎を加えている形である。燭台は直立した形のものであり、木の直立するものを柱といい、“はしら” の意味となる」

[考察]
形から意味を求めるのが白川漢字学説の方法である。 また、形声の説明原理がなく会意的に説くのがその特徴である。
主は燭台の形で、燭台は直立するから、柱は木の直立するものの意味だという。字形から意味を導くと、木の直立するものが「はしら」とは限らないだろう。幹も直立するものである。「字形→意味」の方向に説いて意味を導くのは必然性がない。「意味→字形」の方向に説く逆転の発想が必要である。「柱」はなぜ「はしら」の意味かではなく、「はしら」をなぜ「柱」と書くかと、問いを改めなければいけない。
意味は字形から出るものではなく、「言葉の意味」が意味である。具体的文脈で使われるのが意味である。だから意味は古典を調べると分かる。柱は次のような文脈で使われている。
 原文: 以爲柱則蠹、是不材之木也。
 訓読:以て柱と為せば則と蠹トす。是れ不材の木なり。 
 翻訳:その木ではしらを作ると虫が食ってしまう。役に立たない木だ――『荘子』人間世
柱は建物の「はしら」の意味で使われている。これを古典漢語ではdiug(呉音でヂュウ、漢音でチュウ)という。これを代替する視覚記号しとして柱が考案された。
なぜ「はしら」を柱と書いたのか。語源と字源の双方から考える。はしらは建物を支える建築材である。曲がったり折れたりしてはならない。まっすぐに立つことに重点がある。この形態的・機能的特徴から、「はしら」を主のグループの仲間(同源の語)と見て、主(tiug)と類似の音でdiugと呼び、「主(音・イメージ記号)+木(限定符号)」を合わせて柱と書いたのである。主や主のグループはどんなイメージを持つのか。すでに780「主」で述べたが、もう一度振り返る。
主の解釈は『説文解字』に「鐙(灯をともす皿)の中の火主(灯心)なり」というのが参考になる。段玉裁は主を炷(ともしび)の原字とした。これはほぼ定説になっている。主は蠟燭台の上で炎が立って燃えている図形と解釈できる。しかし「ともしび」という実体に重点があるのではなく形態に重点がある。炎が立って燃えている姿から、「⊥の形にじっと立つ」というイメージだけが取られるのである。つまり「じっと立って動かない」というコアイメージをもつ言葉がtiugなのである。(以上、780「主」の項)
これでなぜ「はしら」を柱と書くかが明らかだろう。⊥の形にじっと立つ木というのが柱の図形的意匠である。これによって「はしら」を意味するdiugを表記したのである。