「衷」

白川静『常用字解』
「形声。音符は中。説文に“裏の褻服なり” とあり、衣裳の下に着こんだ肌着であるとする。春秋左伝に“甲を衷うちにす”とあるのは衣の下に甲を着用するということである。それで内にあって外にあらわれない“こころ、まごころ”の意味に用いる」

[考察]
中の説明がないが、裏や内の意味と見るのであろう。「内にあって外に現れない心」が衷の意味であるという。果たしてこれが最初の意味だろうか。古典における衷の用例を見てみよう。
①原文:皆衷其衵服、以戲於朝。
 訓読:皆其の衵服を衷(うち)にし、以て朝に戯る。
 翻訳:[男たちは]みな彼女の肌着を身に着け、朝廷でふざけ合った――『春秋左氏伝』宣公九年
②原文:惟皇天上帝降衷于下民。
 訓読:惟(こ)れ皇天上帝、衷を下民に降す。
 翻訳:天の神は胸のうちを人民に示した――『書経』湯誥

①は肌着を着る意味、②は胸のうちの意味で使われている。これを古典漢語ではtiongという。これを代替する視覚記号しとして衷が考案された。
肌着を着るという意味の前に肌着の意味があったことが予想されるが、古典に用例がない。しかし『漢語大詞典』も『漢字大字典』も「内衣(肌着、下着)」の意味を最初に置いている。しかも前者は馬王堆出土の古文献を典拠に挙げている。衷の最初の意味は肌着で、「肌着を着る」はこれの転義と考えてよい。さらに「胸のうち」「真心」の意味も語史が古い。肌着と真心にどんな関係があるのか。
字源を見る。「中(音・イメージ記号)+衣(限定符号)」と解析する。中は1258「中」で述べたように、ある範囲・空間を上下または左右に突き通っていったその枠内の軌跡が「うち」であり、上下・左右のどちらにも片寄らない位置が「なか」「まんなか」である。中は内外の内とは発想の違う語であるが、意味は重なる。中はある範囲や空間の内側を表すこともできる。したがって衷は内側に着る衣、つまり下着、肌着のことである。これは名詞であるが、動詞的に用いたのが上の①である。
②の「胸のうち」の意味は換喩的転義である。身に着ける肌着のさらに内側にあるもの、これが胸の内側であり、そこにあるもの、つまりこころ・思いを連想させる。これは隣接性に基づいた転義といえる。また、上下・左右どちらにも偏らないというイメージから真心の意味が生まれた。これが忠である(1263「忠」を見よ)。衷も真心(誠)の意味を派生する。上記の②の用例は真心の意味にも解される。