「兆」

白川静『常用字解』
「象形。卜兆の形。亀の甲や獣の骨を用いて占いをするとき、裏面に縦長に鑿とよばれる棗形の穴を掘り、その横に鑽とよばれるすり鉢型の穴を掘り、その穴のところを灼く。すると表面に鑿の部分には縦に、鑽の部分には横に線が現れる。その縦と横の線を合わせると卜の形となる。このひびわれの線を卜兆という。卜を左右に向かい合わせた形が兆で、“うらかた”といい、このうらかたによって“うらなう”ので、“きざし、きざす、はじめ、しるし”の意味となる」

[考察]
字源の説明はほぼ妥当である。ただし卜が縦の線と横の線の組み合わせなら、六書としては象形ではなくなる。「象徴的符号」というべきであろう。また兆が卜とその反対向きを合わせた形なら、兆は会意となろう。
兆は単純に裂け目、割れ目の形として何の不自然もない。ただし兆の最初の意味が「うらない」なので、占いと関係があると考えるのが従来の定説。そうすると亀の甲を焼いたときに表面に現れるひび割れの形と見なしても構わない。それよりも重要なのはなぜ「うらない」を古典漢語でdiog(呉音でデウ、漢音でテウ)というのかということである。字源の前に語源を考えるべきである。
兆をもとにしたグループ(専門的には諧声語群)には「二つに割れる」という基本義があると指摘したのは藤堂明保である(『漢字語源辞典』)。「二つに割れる」は図示すると←・→の形である。占いは吉か凶かに分ける行為である。だから←・→の形のイメージがある。このようなイメージをもつ言葉を古典漢語ではTOGというような音形で呼ぶ。うらないをdiogというのはここに淵源がある。
うらないをdiogといい、その視覚記号を兆とした理由もこれで説明できる。兆は割れ目の図形で、←・→の形のイメージを表すことができるからである。
「うらない」の兆だけではなく、兆のグループ(逃・跳・眺・挑・桃など)はすべてこれで説明できる。このような全体的見通しをもって漢字を解釈すべきである。兆は卜兆の形から「うらかた」の意味が出たというだけて終わっては全体の見通しが悪い。字源の前に語源を究明する必要がある。