「町」

白川静『常用字解』
「形声。音符は丁。説文に“田の践む処を町と曰ふ” とあり、田の“あぜ道、あぜ”の意味とする」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では丁から会意的に説明できず、字源を放棄している。
形声の説明原理とは言葉の視点に立って、言葉の深層構造を捉えて、語源的に意味を説明する方法である。言葉の深層構造とはコアイメージである。形声文字ではいわゆる音符がコアイメージを表す基幹記号である。音符という用語は相応しくなく、「音・イメージ記号」と呼ぶのがよい。
まず町の古典における用例を見る。
①原文:町疃鹿場
 訓読:町疃テイタンは鹿場
 翻訳:田のあぜ道は鹿の遊び場――『詩経』豳風・東山
②原文:彼且爲無町畔、亦與之爲無町畦。
 訓読:彼且つ町畦テイケイ無きを為さば、亦之と町畦無きを為せ。 
 翻訳:彼がけじめのないことをすれば、こちらも一緒になってけじめなくやれ――『荘子』人間世

①は田のあぜの意味、②は物事の区切り(けじめ)の意味で使われている。これを古典漢語ではt'eng(呉音でチヤウ、漢音でテイ)という。これを代替する視覚記号しとして町が考案された。
町は「丁(音・イメージ記号)+田(限定符号)」と解析する。丁はどんなコアイメージを表すのか。丁については1273「丁」で述べている。丁は釘の形である。しかし釘の意味ではない。実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。形態的には「Tの形」「Tの形に立つ」のイメージ、機能的には「Tの形に打つ」「直角に当てる」というイメージを表す記号となる。実体にこだわると漢字の造形原理が分からなくなる。
Tの形や直角のイメージはᒣの形やᒥの形にも転じる。田のあぜ道はたいていこのような形に区切られている。だからあぜを丁(teng)と似た音でt'eng呼び、町という図形で表記するのである。
②の意味への転義は明らかであろう。 
日本人は町に「まち」の訓をつけた。というよりも「まち」を表記する漢字として町を選んだ。これはなぜか。日本語の「まち」は「土地の区画・区切り・仕切りの意」が原義という(『岩波古語辞典』)。漢字の町はあぜの意味であるが、コアには「区切り」のイメージがあり、②のような使い方もできた。これを知った古代日本人は日本語の「まち」と対応すると考えて、町を「まち」としたわけである。これが行政区画の単位の一つになるのは日本語内の意味転化である。漢語にはない。漢字の日本的展開といってよいだろう。