「挑」

白川静『常用字解』
「形声。音符は兆。説文に“撓むなり” とあり、力を加えてものを曲げることをいう。兆は卜兆の形で、灼けてできたひびわれの形である。力をもって他に“いどむ”ことを挑という」

[考察]
「力を加えてものを曲げる」という意味から「力をもって他にいどむ」という意味になるだろうか。また「灼けてできたひびわれ」の形から「力をもって他にいどむ」という意味が出るだろうか。甚だ疑問である。
日本語の「いどむ」は「自分と同程度の力があると判断した相手に対して戦意をあらわにし、それに勝とうとする姿勢を示す」の意という(『古典基礎語辞典』)。挑に「いどむ」の訓がつけられたが、漢語の挑とぴったり対応するだろうか。
まず古典における挑の用例を見よう。
 原文:勢均、難以挑戰。
 訓読:勢ひ均しければ、以て挑戦し難し。
 翻訳:味方と敵の兵力が等しい場合は、敵に戦いを仕掛けるのは難しい――『孫子』地形
挑戦という熟語で使われているが、挑はどんな意味か。AとBの間で、AがBにちょっかいを出したり誘ったりして、Bがそれに反発したり誘いに乗ったりするように仕向けるという意味である。A→Bの形に圧力を加えるとA←Bの形に反発し、結果としてA⇆Bのように対抗する。このような状態に仕向ける最初の行為が挑である。日本語の「いどむ」に近いと言えそうである。
挑は「兆(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。兆は1276「兆」で述べたように「二つに分ける、割れる」というイメージがある。これは「二つのものを←→の形に引き離す」というイメージに展開する。挑は分かれていないものを無理に引き離す状況を暗示させる。この意匠によって、相手を反発させるように仕向ける(挑発する)ことを意味する古典漢語t'ɔgを表記した。