「懲」
正字(旧字体)は「懲」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は徵(徵)。徴は道路において、敵の長老を捕らえて殴ち、その要求することの実現を求める呪的な行為をいう。敵の長老を捕らえて殴つことは、懲罰を加えて敵方に打撃を与えるという意味を持つ行為でもあったので、懲は “こらしめる、こらす、こりる”の意味となる」

[考察」
徴の解釈の疑問については1293「徴」で述べた。「道路において敵の長老を捕らえて殴る」といはいったいどういうことか。それが「その要求することの実現を求める」ことというのはどういうことか。「その要求」とは誰の何の要求か、さっぱり分からない。「敵の長老を捕らえて殴ることは懲罰を加えて敵方に打撃を与える」という意味だというが、「その要求することの実現を求める」行為と矛盾するのではないか。敵を叩いて敵方の領土を奪うといった要求なのか。それがなぜ「こらしめる」ことなのか。よく分からない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、誤った方法である。ここには言葉が抜けている。意味とは「言葉の意味」であって、言葉を抜いて意味を考えるということはあり得ないことである。
懲がどのように使われるかの具体的な文脈を見るのが先決である。古典で次の用例がある。
①原文:不懲其心 覆怨其正
 訓読:其の心を懲らさず 覆(かへ)つて其の正を怨む
 翻訳:おのれの心を改めないで 正しい人を逆恨みする――『詩経』小雅・節南山
②原文:荊舒是懲
 訓読:荊舒を是れ懲らしむ
 翻訳:荊と舒[ともに国名]を懲罰する――『詩経』魯頌・閟宮

①は悪事や過失を改めるように戒める意味、②は悪事や過失をとがめて改心させるべく痛めつける(こらしめる)意味で使われている。これを古典漢語ではdiəng(呉音でヂョウ、漢音でチョウ)という。これを代替する視覚記号しとして懲が考案された。
懲はきわめて語史が古い。上記の『詩経』では徴は見えないが、懲の構成要素となっているからには、徴もすでに存在していたことは明らかである。
懲は「徵(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。徴については1293「徴」で述べた通り、「隠れているものを表にまっすぐに現し出す」というコアイメージがある。これは「表に出ていないものを公の場に出させる」というイメージにも展開する。徴兵・徴税の徴は表に出いないものを公の場に召し出したり、出させたりすることである。また徴候・象徴の徴は隠れているものが表に出てきてきざしを見せることである。これと同じ論理が上記の二例にもある。隠れた悪事や過失を前面に出させて、二度とそれをやらないように改心させることを懲というのである。打ったり殴ったりする懲罰行為は転義であって、精神や心理のレベルで「戒めて過失などをやめさせる」ことに主眼がある言葉である。
痛めつけて改心させる結果を意味する用法もある。これは日本語の「こりる」に当たる。「こりる」とは「苦い経験をすることによって、考えを改める」の意(『岩波古語辞典』)。懲も同じ意味がある。「羹(あつもの)に懲りて齏(なます)を吹く」の懲はこれである。