「直」

白川静『常用字解』
「会意。省と乚いんとを組み合わせた形。省は目の呪力を強めるために眉に飾りをつけ、地方を巡察して不正を取り締まることをいう。 乚は塀などを立てている形で、隠れるの意味がある。直はひそかに調べて不正をただすという意味であろう。それで“ただす、ただしい”の意味となり、ただすので“なおい、まっすぐ、すなお”の意味となる」

[考察]
字形の解剖にも意味の解釈にも疑問がある。省が「目の呪力を強めるために眉に飾りをつけ、地方を巡察して不正を取り締まる」の意味だというが、「眉に飾りをつける」とか「目の呪力を強める」とはどういうことか。そんな習俗・習慣があったのであろうか。あるいは古代に暗行御使のような官職があったのであろうか。
証拠のないことから直の意味を「ひそかに調べて不正をただす」としているが、「であろう」というように臆測に過ぎない。直にそんな意味はない。「不正を正す」ことから「まっすぐ」の意味が出たというが、この意味展開も疑わしい。「まっすぐ」とは「直線」のように物理的なイメージである。むしろこれから「正しい」の意味に展開したというのが論理的である。
意味は字形から出るものではなく、言葉にもともと備わったものである。意味とは言葉に内在する概念である。意味を知るには言葉の使われる文脈を尋ねるべきである。直は古典に次の用例がある。
①原文:周道如砥 其直如矢
 訓読:周道は砥の如く 其の直きこと矢の如し
 翻訳:周への道は砥石のように平ら 矢のようにまっすぐ――『詩経』小雅・大東
②原文:人之生也直。
 訓読:人の生くるや直なれ。
 翻訳:人は真っ正直に生きなさい――『論語』壅也


①は空間的にまっすぐの意味、②は人や物の性質にゆがみがない(正しい)の意味で使われている。これを古典漢語ではdiək(呉音でヂキ、漢音でチョク)という。これを代替する視覚記号しとして直が考案された。
直は甲骨文字では「|+目」の形になっている。|はまっすぐな線であり、視線を↑の形にまっすぐ向ける状況を想定したもの。意味はただ「(空間的に)まっすぐ」である。金文ではこの字形に乚を添えた字体になっている。乚はᒪの形で隠すことを示す象徴的符号。隠れたものにまっすぐ視線を向ける情景を想定した図形。これも「まっすぐ」のイメージを作るための工夫である。最後に篆文では「十+目+ᒪ」に変わった。十は|が変形したもの。この十は数字ではないが、数字の十も|(縦の一本線)の真ん中が膨らんで十に変化したものである。直の十も|からの変化と考えてよい。ただし篆文(楷書も)の字形から「まっすぐ」のイメージは読み取れない。甲骨文字・金文に遡って初めてなぜ「直」の図形が作られたかの理由がわかる。
歴史的・論理的に語源・字源を考えると、「(空間的に)まっすぐ」を意味する古典漢語diəkがあり、この聴覚記号を視覚記号に換える際、「|+目」または「|+目+ᒪ」を組み合わせた図形が考案されて、diəkを表記したのである。