「沈」

白川静『常用字解』
「形声。音符は冘いん。甲骨文字は水の中に牛や羊をかいた象形の字。洪水などのとき、牛や羊を犠牲として川に沈めて祭るという意味である、犠牲を沈めるの意味から、すべて“しずめる、しずむ”の意味となる」

[考察]
形声としながら、甲骨文字を出して象形とするのは変である。冘では解釈がつかないからであろう。甲骨文字は沈とするにはあまりにも違い過ぎる。音も形も意味も沈とは懸け離れている。沈に「洪水とき牛や羊を犠牲として川に沈めて祭る」という意味はない。
沈の古典における用例を調べ、なぜ沈の図形が作られたか考えるべきである。 沈は次の文脈がある。
 原文:汎汎楊舟 載沈載浮
 訓読:汎汎やる楊舟 載(すなは)ち沈み載ち浮かぶ
 翻訳:ぷかぷか漂うやなぎの小舟 水のまにまに浮き沈み――『詩経』小雅・青青者莪

沈は水中に深くしずむという意味で使われている。これを古典漢語ではdiəm(呉音でヂム、漢音でチム)という。これを代替する視覚記号しとして沈が考案された。
古典の注釈に「沈は淫なり」とある。ほかに深・尋・甚とも同源であり、これらは「段々と深く入り込む」というコアイメージをもつ語である。
以上は語源であるが、次は字源を見る。
沈は「冘(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。冘は人の肩の上に⊢⊣の形の枠をはめて下に押し下げる状況を暗示させる図形。この意匠によって「下方に↓の形に押し下げる」というイメージを示す記号とする。沈は水の中へ↓の形に深く入り込む情景である。この図形的意匠によって、上記の意味をもつdiəmを表記した。