「珍」

白川静『常用字解』
「形声。音符は㐱しん。㐱は髪の毛の多い人の形であるから、珍と意味の上での関係はない。説文に“宝なり”とあり、宝とすべき玉をいう」

[考察]
㐱と珍は意味上の関係がないと言って字源を放棄している。形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴であるから、会意的に説明がつかなければ字源を放棄するしかない。
形声の説明原理とは言葉という視点に立ち、言葉の深層構造を掘り下げ、語源的に意味を探求する方法である。白川漢字学説は言葉という視点がないので形声の説明原理がないのも当然である。
語源的に意味を探求するというのは、その語の意味がなぜそうなのかを語源的に説明するということであって、意味を作り出すことではない。意味は文脈から分かることである。珍は古典で次のように使われている。
 原文:此固國家之珍。
 訓読:此れ固(もと)より国家の珍なり。
 翻訳:これはまことに国家の宝である――『墨子』尚賢
珍はこの上もない貴重なものという意味で使われている。これを古典漢語ではtien(呉音・漢音でチン)という。これを代替する視覚記号しとして珍が考案された。
珍を語源的に究明したのは藤堂明保である。藤堂は珍・診と真・身・旨・至・質などとを同じ単語家族に括り、これらはTER・TET・TENという音形と、「いっぱい詰まる」という基本義があるとした(『漢字語源辞典』)。なぜ珍に「いっぱい詰まる」というイメージがあるのか。「きめ細かく詰まった上質の玉」の意味だという(『学研新漢和大字典』)。ただし珍に玉という意味があるかは微妙なところである。玉は比喩である可能性が強い。
次になぜ珍という表記が作られたのか。ここから字源の話になる。珍は「㐱(音・イメージ記号)+玉(限定符号)」と解析する。㐱については973「診」で述べたが、もう一度振り返る。
『説文解字』に「㐱は稠髪なり」とあり、『詩経』の「㐱髪雲の如し」という詩句を引用している。現在の『詩経』のテキストでは鬒髪になっている。鬒はびっしり生えている髪の意味である。㐱は「人+彡(髪の毛)」を合わせた図形で、びっしり生えた髪の毛を暗示させる。これは「稠密で細かい」というイメージ、また「いっぱい詰まる」というイメージを表すことができる。(以上、973「診」の項)
かくて珍の図形的意匠が明らかになる。藤堂の言う通り「きめの細かく詰まった上質の玉」である。上質でない玉は恐らくきめが細かくないであろうから、その反対の玉を想定して図形化(意匠作り)がなされた。ただし上質の玉という意味ではなく、上記の通り「この上もない貴重なもの(宝物)」 の意味である。玉は比喩的限定符号と見るべきである。「この上もない」「めったにない」ということから「めずらしい」の意味が派生する。