「追」

白川静『常用字解』
「会意。𠂤は軍の出征のとき、祖先を祭る廟や軍社で戦勝祈願の祭りをするときに供える肉(脤肉という)の形。軍が行動するときには常にこの脤肉を捧げて行動した。辵(辶)には行くの意味がある。脤肉を捧げて追撃することを追といい、敵を追うの意味となる」 

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説く特徴がある。𠂤(脤肉)+辵(行く)→脤肉を携えて追撃するという意味を導く。
行軍するときに脤肉を携えるというが、これは生の肉か、干した肉か。また何の肉か。行軍する先々で祭壇に供えて祭るのか。証拠のない古代習俗(?)から追を説明しようとするが、言葉という視点が欠落しているのが問題である。字形から意味を読み取るのは無理である。むしろ誤った方法である。
意味とは「言葉の意味」であって、文脈以外に意味の生成・発現する場はない。追は古典で次のような文脈で使われている。
①原文:夏公追戎于濟西。
 訓読:夏、公戎(えびす)を済西に追ふ。
 翻訳:夏に公はえびすを済水の西へ追い払った――『春秋』荘公十八
②原文:來者猶可追。
 訓読:未来はまだ追いつける――『論語』微子

①は追い払う意味、②は後を追いかける意味で使われている。これを古典漢語ではtiuər(呉音・漢音でツイ)という。これを代替する視覚記号しとして追が考案された。
追は「𠂤タイ(音・イメージ記号)+辵(限定符号)」と解析する。𠂤は708「師」などでも述べたが、集団というイメージを表す記号である。𠂤は土を積み重ねた図形で、後の堆積の堆に当たる。「物の集まり」というイメージのほかに、形態的な特徴から「ずっしりと重い」というイメージも表すことができる。重いとは↓の形に圧力・重力が加わることである。上から下へは垂直のイメージであるが、視点を水平に換えると、「→の形に圧力・重力をかける」というイメージに転化する。イメージは変容・転化するものである。推進の推にもこのようなイメージ転化が見られる(997「推」を見よ)。
辵は歩行・進行と関係があることを示す限定符号。したがって追は人に圧力・重力を加えて前に進めて行かせる情景というのが図形的意匠。この意匠によって、前の人に圧迫をかけてその後についていくこと、つまり「追い払う」の意味をもつtiuərを表記する。これが上の①である。追い払う意図はなくただ「前の人の後を追いかける」という意味にも展開する。これが上の②である。
白川は②だけの意味だけを捉え、追放の意味を記述していない。