「痛」

白川静『常用字解』
「形声。音符は甬。甬は手桶の形で、筒形で空洞のものであるから、滞ることなく通じるの意味がある。疒は床の上に病気で寝ている人の形。病気になって激しい痛みが全身を通り抜けることを痛といい、“いあい、いたむ、いためる、くるしむ”の意味となる」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当である。ただし1309「通」でも指摘したように、言葉という視点が欠落しており、そのため湧と踊、通・痛とで統一的な解釈がなされてない。
本項では甬(手桶)+疒(病気で寝ている人)→病気になって激しい痛みが全身を通り抜けるという意味を導くが、疒に囚われて「病気で痛む」という意味に取るが、痛は必ずしも病気の痛みとは限らない。白川は会意的手法を取るため、「A+B」という足し算によって意味を導く。AとBのレベルの違いを考慮していない。疒は限定符号という役割しかない。限定符号は意味素の中に入らないことが多い。限定符号は三つの機能がある。①範疇(カテゴリー)、②図形的意匠における場面作り、③意味領域の指定。②と③では比喩的限定符号と見なすべきものもある。痛に使われる疒は②または③である。
さて言葉という視点を導入して痛を解釈したい。それには用例を見るのが先決である。痛は古典に次の文脈で使われている。
①原文:居五日、桓公體痛。
 訓読:居ること五日、桓公体痛む。
 翻訳:五日たって、桓公は体が痛くなった――『韓非子』喩老
②原文:痛疾之意、傷腎乾肝焦肺。
 訓読:痛疾の意、腎を傷(やぶ)り肝を乾かし肺を焦がす。
 翻訳:悲しみの心が腎臓を破り、肝臓を乾かし、肺臓を焦がす――『礼記』奔喪

①は体がいたむ意味、②は心がいたむ意味で使われている。これを古典漢語ではt'ung(呉音でツウ、漢音でトウ)という。これを代替する視覚記号しとして痛が考案された。
痛は「甬ヨウ(音・イメージ記号)+疒(限定符号)」と解析する。甬については1309「通」で述べたように、筒形の丸いものに縦線を突き通した象徴的符号で、この図形的意匠によって、「筒形のもの」「突き通る」「突き抜ける」というイメージを表す記号となる。疒は病気に関係があることを示す限定符号。あるいは、図形的意匠を作るために病気の場面を設定する限定符号。したがって痛は体を突き抜けるような症状を暗示させる図形。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は上記のように「体がいたむ」である。これは生理的ないたみであるが、心理的ないたみ、つまり悲しみの意味に転用される。これはメタファーである。