常用漢字論―白川漢字学説の検証

白川漢字学説はどんな特徴があるのかを、言語学(記号学)の観点から、常用漢字一字一字について検証する。冒頭の引用(*)は白川静『常用字解』(平凡社、2004年)から。数字は全ての親文字(見出し)の通し番号である。*引用は字形の分析と意味の取り方に関わる箇所のみである。引用が不十分で意を汲みがたい場合は原書に当たってほしい。なお本ブログは漢字学に寄与するための学術的な研究を目的とする。

2016年12月

「臓」
正字(旧字体)は「臟」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は藏(蔵)。蔵に内に蔵かくれるものの意味があり、体の部分を示す月(肉)を加えて臟となり、“内臓、はらわた” をいう」

[考察]
1152「蔵」では「草の中に蔵れた人の意味」とある。蔵は「内部にしまう」「しまい込んで隠す」という意味はあるが、「蔵れるもの」という意味はない。内臓は「隠れるもの」であろうか。
臟は文献に比較的遅く出現する字で、もともと五臓を五蔵と書いた。臟は藏から分化した字である。
臟は「藏(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析する。藏は「しまい込む」というイメージがある(1152「蔵」を見よ)。肉は肉や身体と関係があることを示す限定符号である。したがって臟は体内で精気を貯蔵する機能をもつ器官を暗示させる。中国医学では気(宇宙だけでなく身体・生命の根源とされたもの)を貯えて、それぞれの機能をもつ器官を五臓(肝・心・脾・肺・腎)と言った。

「贈」
正字(旧字体)は「贈」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は曾。曾は甑の形で、湯釜の上に食材を入れた蒸し器を重ねたもので、重ねるの意味がある。それで余分に贈るものを贈といい、“おくる” の意味に用いる」

[考察]
贈に「余分に贈るもの」という意味はない。だいたい「余分に贈る」とはどういうことか。AのほかにBが重なることを「余分」と見たのであろうか。
贈は語史が古く、次の用例がある。
 原文:伊其相謔 贈之以勺藥
 訓読:伊(こ)れ其れ相謔(たはむ)れ 之に贈るに勺薬を以てす
 翻訳:[男と女は]戯れ合って 彼女にシャクヤクを贈る――『詩経』鄭風・溱洧
贈は物を人にあげる(おくる)の意味である。これを古典漢語ではdzәng(呉音でザウ、漢音でサウ)という。これを代替する視覚記号しとして贈が考案された。
贈は「曾(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。曾は「上に重なる」というイメージがある(1150「増」を見よ)。貝は財貨(値打ちのあるもの)に関係があることを示す限定符号である。したがって贈は相手の手の上に値打ちのある物を重ねて加える情景を設定した図形である。この図形的意匠によって上記の意味をもつdzәngを表記した。 

「蔵」
正字(旧字体)は「藏」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は臧。臧は音符は戕しょう。臣は神に事える者。これを戈で清め祓うので、臧しとよむ字である。蔵は古い文献に“かくす”の意味に用いられているが、古い字形がないので、どうしてかくすの意味になったのか確かめることができない。藏の字形からいうと、艸(草)の中に蔵かくれた人の意味となる」

[考察]
「戈で祓い清める」とはどういうことか。これが「よい」という意味になるのであろうか。しかし「かくす」との関連性がないので「確かめようがない」と字源説を放棄した。ところが一方では、「草の中に蔵れた人」の意味を導いている。こんな意味があるはずはない。支離滅裂な字源説である。
まず古典における用例を見てみよう。
①原文:彤弓弨兮 受言藏之
 訓読:彤弓トウキュウ弨ショウたり 受けて言(ここ)に之を蔵せよ
 翻訳:反り返っている赤い弓 どうか受けてしまいなさい――『詩経』小雅・彤弓
②原文:用之則行、舍之則藏。
 訓読:之を用ゐれば則ち行ひ、之を舎(す)つれば則ち蔵(かく)る。
 翻訳:[君主に]登用されれば仕事を行うが、免職されれば身を隠す――『論語』述而

①は物を中にしまい込む(収めて貯える、収納する)の意味、②はしまい込んで隠す(外に現さない、身を隠す)の意味で使われている。これを古典漢語ではdzang(呉音でザウ、漢音でサウ)という。これを代替する視覚記号しとして藏が考案された。
藏は「臧(音・イメージ記号)+艸(限定符号)」と解析する。藏は爿→戕→臧→藏と四段階を経て図形が成立する。言葉の根源にあるコアイメージを提供するのが爿ショウという記号である。爿については1114「壮」で述べている。爿はベッドの図形であるが、実体ではなく形態・機能に重点があり、「細長い」というイメージから、「細い」「長い」「大きい」「ほっそりとして形がよい」「スマートである」などのイメージに展開する。「爿(音・イメージ)+戈(限定符号)」を合わせたのが戕で、刃物で細長く傷をつける情況を暗示させる。「戕ショウ(音・イメージ記号)+臣(限定符号)」を合わせたのが臧で、体格がよくスリムな召使いを暗示させる。これらの記号は実現される意味は違うが「細長い」「形がよい」というコアイメージは共通である。かくて藏は収穫した作物を形よく整えて収納する状況を設定した図形である。この図形的意匠によって上の①②の意味をもつdzangを表記した。

 

「憎」
正字(旧字体)は「憎」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は曾。説文に“悪にくむなり”とあり、“にくむ” の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴である。しかし本項では曾から会意的に説明できず、字源を放棄している。
憎は語史が非常に古く、次の用例がある。
 原文:會且歸矣 無庶予子憎
 訓読:会ひて且(しばら)くして帰らんとす 庶(ねが)はくは予が子に憎まるること無からん
 翻訳:会ってすぐに別れのつらさ どうかお前に嫌われないよう――『詩経』斉風・鶏鳴
憎はにくむの意味である。これを古典漢語ではtsәng(呉音・漢音でソウ)という。これを代替する視覚記号しとして憎が考案された。
悪(オと読む)もにくむ意味であるが、憎とはイメージが違う。悪はある感情が心の内部に押さえつけられてわだかまり、捌け口がなく、むかむかするような気分というイメージであるが、憎は悪感情が心の内部で積み重ねって、つくづくいやになるような気分というイメージである。
憎は「曾(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。曾は「上に重なる」というイメージがある(1150「増」を見よ)。憎はいやな感情が心の中に積み重なる情況を暗示させる図形である。 

「増」
正字(旧字体)は「增」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は曾。曾は甑の形で、湯を沸かして蒸気をたちのぼらせる釜の上に、食材を入れた蒸し器を重ねたものである。土を積み重ねることから、“ます、ふえる、くわえる”の意味となる」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当であるが、「土を積み重ねる」という意味ではない。ただ「ます、ふえる」という意味である。字形から意味を求めると余計な意味素が混ざってしまう。意味は言葉の使われる文脈から求めるべきである。
増は古典に次の用例がある。
 原文:如川之方至 以莫不增
 訓読:川の方(まさ)に至るが如く 以て増さざるは莫し
 翻訳:川の水が至るが如く 勢い増さぬものはない――『詩経』小雅・天保
增は重ねて加える(ふやす、ふえる、ます)という意味で使われている。これを古典漢語ではtsәng(呉音・漢音でソウ)という。これを代替する視覚記号しとして增が考案された。
增は「曾(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。曾は1137「層」で述べているが、もう一度振り返る。曾は焜炉の上に蒸籠を載せた蒸し器で、甑の類を図形化したものだが、実体に重点があるのではなく形態・機能に重点がある。「上に重なる」というイメージを表わす記号とするのである。したがって增は土を幾重にも上に重ねる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、上に重ねて加える、また、段々とふえる意味をもつtsәngを表記する。
 

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