常用漢字論―白川漢字学説の検証

白川漢字学説はどんな特徴があるのかを、言語学(記号学)の観点から、常用漢字一字一字について検証する。冒頭の引用(*)は白川静『常用字解』(平凡社、2004年)から。数字は全ての親文字(見出し)の通し番号である。*引用は字形の分析と意味の取り方に関わる箇所のみである。引用が不十分で意を汲みがたい場合は原書に当たってほしい。なお本ブログは漢字学に寄与するための学術的な研究を目的とする。

2017年10月

「約」

白川静『常用字解』
「形声。音符は勺。勺は柄が少し曲がった形の匕杓の形であるので、糸を曲げて結ぶことを約といい、“むすぶ、しばる、むすびめ、ちかい”の意味となる。たま大約のように、“おおよそ”の意味に用いる」

[考察]
柄杓が曲がっているというのも解せないが、このことから「糸を曲げて結ぶ」という意味が出たというのも解せない。約に「糸を曲げて結ぶ」という意味があるだろうか。約束という使い方から分かる通り、何かあるものを束ねて縛るという意味である。縛るものは糸とは限らない。縛る行為には「曲げる」という動作も含まれているかもしれないが、約という言葉の深層構造には「曲げる」というイメージは含まれていない。
白川漢字学説には言葉という視点がないので、言葉の深層構造への視座もない。だから字形だけから意味を導く。曲がった柄杓の形から「糸を曲げて結ぶ」という意味を導いた。
意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではない。言葉の使われる文脈から出てくるものである。言葉の使い方が意味にほかならない。 
古典における約の使い方を見る。
①原文:約之閣閣
 訓読:之を約すること閣閣たり
 翻訳:これ[塀を造る板]をぐるぐると縛りつける――『詩経』小雅・斯干
②原文:蘇大約燕王。
 訓読:蘇大、燕王を約す。 
 翻訳:蘇大[遊説家の名] は燕王を遮った――『戦国策』燕策
③原文:約從散橫以抑強國。
 訓読:従を約し横を散じて以て強国を抑へん。
 翻訳:縦に連なる国と結び、横に並ぶ国をばらばらにして、強国を押さえましょう――『戦国策』秦策
④原文:君子博學於文、約之以禮。
 訓読:君子は博く文を学び、之を約するに礼を以てす。
 翻訳:君子は広く学問を学び、礼で引き締める――『論語』雍也
⑤原文:以約失之者鮮矣。
 訓読:約を以て之を失ふ者は鮮(すくな)し。
 翻訳:倹約して失敗することは少ない――『論語』里仁

①は束ねて縛る意味、②は縛ったりして自由にさせない意味、③は約束する、同盟関係を結ぶ意味、④はまとまりにくいものを引き締めてまとめる意味、⑤はむだを省いて引き締める意味で使われている。これを古典漢語では・iɔk(呉音・漢音でヤク)という。これを代替する視覚記号しとして約が考案された。
約は多義語である。①~③は何となくつながりが分かるが、④以後は①~③とのつながりが分かりにくい。これをスムーズにつなげるのはコアイメージである。①から⑤まですべて「細く締めつける」というコアイメージがあるのである。これが約という語の深層構造である。束ねて縛るという具体的な動作もこのコアイメージが実現されたものである。行動を自由にさせないという意味(制約の約)もこの意味の転義。また、結びの印をつけることから約束するという意味(契約・誓約の約)が生まれる。また「細く締めつける」というコアイメージから、 引き締めてまとめる(つづめる)意味(要約・縮約の約)、むだを省く意味(倹約・節約の約)に展開する。大約の約は「あらまし、おおよそ、ほぼ」という意味だが、これも要点だけに絞って引き締めることから、この使い方になる。
最後に字源の話。約は「勺(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。勺は柄杓の意味がある。しかし実体に重点があるのではなく形態や機能に重点がある。液体を汲むものだが、その際高く持ち上げる。だから勺は「高く上がる」というイメージを示す記号となる。一部だけを高く上げることから「目立つ」というイメージにも転化する。的(まと)は高く上げて目立たせたものである。糸は「いと」と関係があることを示す限定符号。したがって約は糸を結んで目立たせたものを暗示させる。これは契約や約束の印として紐で結び目を作る情景を暗示させる。ただしこれは図形的意匠であって意味ではない。「束ねて縛る」という意味をもつ・iɔkが「約束する」という意味に展開するのを踏まえて、このような図形的意匠が仕立てられたものである。
字形から意味を導くと「糸で結び目を作る」とか「糸を曲げて結ぶ」といった意味になりかねないが、古典における約の使い方を見ると上記のように使われている。これが約の意味である。字形は意味の後に作られるのである。

「役」

白川静『常用字解』
「会意。彳は行の左半分で、行くの意味がある。殳は杸(槍に似たほこ)のもとの字で、矛の類の武器をいう。武器をとって遠く辺境に出かけて守備につくことを役といい、“いくさ、兵役”の意味となる」

[考察] 
役は「彳(行く)+殳(武器)」 という極めて舌足らず(情報不足)な図形である。解釈しようと思えば何とでも解釈できる。しかし字形から意味を読むのは限界がある。というよりも誤りである。意味とは「言葉の意味」であって、字形にあるのではない。言葉の使われる文脈から出るものである。だから言葉の使い方がどうなっているのかを見るのが先である。
役は古典で次のように使われている。
①原文:有布縷之征、粟米之征、力役之征。
 訓読:布縷の征、粟米の征、力役の征有り。 
 翻訳:[人民に割り当てる徴税には]布の税、米の税、労働の税がある――『孟子』尽心下
②原文:君子于役 不知其期
 訓読:君子役に于(ゆ)く 其の期を知らず
 翻訳:あなたは戦に行ったきり いつ帰るかわからない――『詩経』王風・君子于役

①は肉体労働の意味、②は戦争の意味であるが、両者を統括するのは「国が義務として人民に課する戦争や土木工事などの肉体労働」という意味である。②の文献が早いが、意味はこれであり、具体的な使い方が①と②である。この意味をもつ言葉を古典漢語ではdiuek(yiuek)(呉音でヤク、漢音でエキ)という。これを代替する視覚記号しとして役が考案された。
役は「殳(イメージ記号)+彳(限定符号)」と解析する。殳は1371「投」でも述べたように、「たてぼこ」という武器の一種である。これは戦車の前部に立てて置く武器である。投では「↑の形にまっすぐ立てる」というイメージを示す記号として使われている。視点を垂直方向から水平方向に変えても「まっすぐ」のイメージは変わらない。「←の方向まっすぐ出る、進む」というイメージにも転化する。彳は道や進行と関係があることを示す限定符号。したがって目的の方向へまっすぐ進んで行く情景を暗示させる。あるいは殳を武器という実体と見て、武器をもって進んで行くという解釈も成り立つ。いずれにしても「まっすぐ進む」というイメージは同じ。
字源はもともと舌足らずな図形なので、意匠も情報不足である。語源を見る。diuek(yiuek)という語は遠征・征伐の征や適(まっすぐ進んで行く)と同源で、「目的地に向かってまっすぐ進む」というイメージをもつ語である(藤堂明保『学研漢和大字典』)。人民に課する税の一種とされる土木工事や戦争は遠くへ駆り立てて働かせる仕事である。だからこの労働の特徴の一つを「目的地に向かってまっすぐ進む」というイメージで捉えてdiuek(yiuek)と呼び、役という図形によって表記するのである。
国が人民に課する労働(土木工事や戦争)は強制的なつらい仕事である。だから「こき使う」という意味に転じる。これが使役の役。
一方、この労働は税の一種なのですべての人民に割り当てられる。役には「一つ一つ、一人一人に割り当てる」というイメージも生まれる。流行病は特定の人ではなくすべての人に伝染する。一人一人例外なくかかる。だから伝染病を役という。役と疫は同源の語である。
この「一人一人に割り当てる」というイメージを利用したのが、役割の役の使い方である。ただしこれは漢語にある意味ではない。日本独自の使い方である。『岩波古語辞典』によると「全体の中で自分が分担している仕事。役目」という意味。「分担している」は「割り当てる」と通じる。一人一人に割り当てて何かを達成するための仕事が役である。役人・役所の役も、芝居の役もまさにこの意味である。本来の漢語にない意味が日本語で見られる。これは「日本的展開」と言ってよいだろう。

「厄」

白川静『常用字解』
「象形。馬車の軛くびきの形。馬の首にかけて車につなぐもので、厄くびきをかけることを扼(おさえる)という。山のけわしいところ、地勢が両方から迫るようなところを阨(けわしい)という。厄は戹(わざわい)と通じて、“わざわい”の意味に用いる」

[考察]
図形の解釈にも意味の取り方にも疑問がある。厄は軛の象形文字とするが、明らかに「厂+㔾(=卩)」に分析できる字である。金文から解釈したようだが、肝心の常用漢字の厄の字源の説明がない。
また「馬の首にかけて車につなぐもの」という意味から、なぜ災厄の意味になるのかの説明がなく、戹の仮借としている。厄以外の別方向から厄の意味を導いた。これは字源説として不十分である。
なぜそうなのか。白川漢字学説には言葉という視点がなく、言葉の深層構造へ目を向けることがない。だからコアイメージという考えもない。コアイメージを捉えてこそ言葉の意味、および意味展開が明らかになるのである。 
古典における厄の用例を見る。
①原文:孔子南適楚、厄於陳蔡之間。
 訓読:孔子南のかた楚に適(ゆ)き、陳蔡の間に厄せらる。 
 翻訳:孔子は南方の楚に行った時、陳と蔡の間で通行を遮られた――『荀子』宥坐
②原文:晏子有功、免人於厄。
 訓読:晏子功有り、人を厄より免ず。 
 翻訳:晏嬰は人を災厄から救う功績があった――『晏子春秋』内篇・雑上

①は進行を妨げられて行き詰まる意味、②はわざわいの意味で使われている。これを古典漢語では・ĕk(呉音でヤク、漢音でアク)という。これを代替する視覚記号しとして厄が考案された。
①のコアイメージは「押さえつけて動けないようにする」ということである。このイメージから、順調な進行を妨げて行き詰まらせるものという意味に展開する。これが②の「わざわい」の意味である。馬の軛(くびき)もこのイメージからの展開である。馬車を引かせるために馬の首を押さえつけて固定し、自由に動けなくするものが軛である。
字源を見る。 厄は「厂+㔾」に分析できる。厂は厓などに含まれ、⎾形のがけを示す記号。㔾は卩と同じで跪いた人の形。したがって厄は立ちはだかる崖の前で進めず膝をついている情景である。あるいは厄は危の下半部だから、人が崖から落ちてうずくまっている情景とも解釈できる。このような情景を設定した図形的意匠によって、「(障害・妨害などの圧力に)押さえつけられて動けなくなる」「行き詰まってにっちもさっちも行かない」というイメージを表す記号とすることができる。ここから上の①②の意味が実現されるのである。

「野」

白川静『常用字解』
「形声。音符は予。甲骨文字・金文に埜の字形があり、林の中に社のあるところをいう。里は田と土とを組み合わせた形で、田の神を祭る社のあるところである。里に音符の予を加えて野となる。もと社のある林や田畑を野といい、のち“の、のはら、いなか、いやしい”の意味に用いる」

[考察]
野の意味は里から出て、予は単なる音符と見る説である。里は「田の神を祭る社のあるところ」の意味で、これから、野は「社のある林や田畑」の意味が出たという。
里に「田の神を祭る社のあるところ」という意味があるのかも問題だが、限定符号の里から野の意味を引き出すのも問題である。言葉の基幹(深層構造)は予にあるのにこれが無視されている。野を「社のある林や田畑」の意味とするが、こんな意味が野にあるだろうか。予の解釈がない限り字源の放棄と見なす。
まず古典における野の用例を見る。 
①原文:之子于歸 遠送于野
 訓読:之(こ)の子于(ここ)に帰(とつ)ぐ 遠く野に送る
 翻訳:この娘は嫁に行く 遠く町外れまで見送った――『詩経』邶風・燕燕
②原文:天下之農、皆悦而願耕於其野矣。
 訓読:天下の農、皆悦びて其の野に耕さんことを願ふ。
 翻訳:天下中の農民はみな喜んで田野を耕したいと願った――『孟子』公孫丑上

①は郊外の土地の意味、②は原野、野原(耕作していない土地)の意味で使われている。これを古典漢語ではdiăg(yiă)(呉音・漢音でヤ)という。これを代替する視覚記号しとして野が考案された。
野は「予(音・イメージ記号)+里(限定符号)」と解析する。予が言葉の深層構造に関わる基幹記号であり、コアイメージの源泉である。里は「さと」と関係があることを示す限定符号である。限定符号は意味領域を指示するもので、意味素に含まれるとは限らない。限定符号はメタ記号であって、言葉の意味領域を指示するほか、図形的意匠の場面作りの働きをする。これを重要視して言葉の意味を捉えることはできない。
予はどんなイメージを表すのか。これについては該項で詳説する。868「序」でも述べた通り、「横に延びる」というイメージを示す記号である。里は村・町に関係があることを限定符号。したがって野は人の住む村や町から横に延びていく空間を暗示させる。この意匠によって上記の①②の意味をもつ言葉を表記する。
古代中国の地理観では都城を中心として、その外側百里の地を郊、さらにその外側百里の地を野といった。野は人の住まい荒れ地、辺境のイメージをもつ言葉である。文化から離れているから、野は「都会的ではない」「礼儀に合わない」「粗野である」という意味を派生する。
白川は野を「社のある林や田畑」の意味としたが、これでは転義の説明ができない。 

「夜」

白川静『常用字解』
「会意。大と夕とを組み合わせた形。大は手足を広げて立つ人を正面から見た形。夕は夕方の月である。人の腋の下から月が現れている形で、月が姿を現すような時間帯を夜といい、“よる、よ”の意味に用いる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。大(手足を広げて立つ人)+夕(夕方の月)→人の脇の下から月が出ている→よるという意味になったという。
白川は字形の解剖を間違えている。「大+夕」ではなく、「亦+夕」である。
人の脇の下から月が出るという情景が想像しにくい。また「月が姿を現すような時間帯」が夜だというが、これなら夕だけでよさそうなもの。なぜわざわざ夕に大を加えた夜という字を作る必要があるのか。また夜は「月が姿を現すような時間帯」というが、「よる」は月が出て明るい時間とは限るまい。むしろ暗くなった時間帯であろう。夜は昼と対比される時間帯である。ちなみに1216「昼」については「日に対する何らかの呪儀を示す字とみられる。日の異変に対する祓いの方法であろうかと思われる」とある。これでは昼という時間帯がさっぱり分からない。
夜は昼との関係で捉えるべきである。また古典漢語で一日の時間帯をどう表現しているかを見るべきである。1216「昼」、1288「朝」で述べた通り、古典漢語では朝・昼・夜という三区分をしている。
これを理解するには言葉という視点に立つ必要がある。意味は「言葉の意味」であって字形から出るものではないからである。いくら字形をほじくっても正解は得られない。
朝・昼という言葉の深層構造についての詳細な分析については該項に譲り、結論だけを述べよう。人間にとって一日は活動の中心となる時間を視座に置く。中心となる時間帯が昼である。中心を挟んで両側に位置する活動をやめる時間帯が夜である。明けてから中心の方へ向かっていく時間帯が朝である。このように時間帯が捉えてられている。
改めて夜の字源を見る。夜は「亦(音・イメージ記号)+夕(限定符号)」と解析する。亦の右側の点を夕と取り換えた字である。正確に言えば「亦の略体(音・イメージ記号)+夕(限定符号)」である。楷書の夜の下の右は夕と点がドッキングした形になっている。亦はヤク・エキの音で、夜の音を近似的に示すことができる(語尾を入れ換える)。それより重要な働きはイメージを示す働きである。亦は夜(という言葉)の深層構造にあるコアイメージを表すための基幹記号なのである。これを理解しないと「よる」(の意味をもつ言葉)を表記するためになぜ夜が考案されたかの理由が分からなくなる。
亦は大の字に立つ人の両脇に点々をつけた図形である。これは腋(わき)を暗示させるが、腋という実体を表すのではない。両側に同じものがあるというイメージを表すのである(ちなみに亦の実現される意味は「~もまた」)。これを図示すれば▯-▯の形である。これは「中心を挟んで同じものが両側にある」というイメージである。夕は三日月の形である。これは夜の特徴の一つを暗示させる。つまり「よる」と関係があることを示す限定符号となる。かくて夜は中心の時間帯である昼を両側から挟む時間帯、すなわち「よる」を暗示させる図形である。図示すると夜―昼―夜となる。これでは二区分だが、朝を入れて三区分とされる。夜―昼の間に朝を入れる。夜が明けて活動の中心である昼に向かう時間を朝とする。かくて朝・昼・夜の三区分となる。
白川は字形の分析を誤った。そのため意味を捉え損ねた。それより前に言葉という視点がないから意味を正確に捉えることができない。これは白川漢字学説の限界である。
 

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