「庭」

白川静『常用字解』
「形声。音符は廷。廷は壁で区画した宮中の儀礼を行う場所(にわ)で、庭のもとの字である。建物の屋根の形の广を加えた庭は“にわ”の意味に用いる。今は广(屋根)のない場所を庭といい、法廷のように屋根のある場所を廷ということが多い」

[考察]
1313「廷」では廷は「儀礼を行う場所(にわ)」のほかに、「政務を執る場所」「裁判を行う場所」「役所」の意味を挙げている。本項では屋根のない場所を庭といい、屋根のある場所を廷というとしている。まとめると、庭は「にわ」の意味、廷は「政務を執る場所」「裁判を行う場所」「役所」の意味となろう。
ところで廷に「裁判を行う場所」という意味があるだろうか。『漢語大字典』と「漢語大詞典』では廷にそんな意味を記述していない。庭には「法庭」という意味の記述がある。しかし両辞典とも典拠を示していない。現代中国語辞典では裁判所の意味は庭を使っているようである。
ちなみに『学研漢和大字典』では廷に裁判所の意味はなく、庭にある。廷の「にわ」の意味の中で「法廷(=法庭)」の用例を出しており、法廷は法のにわの意味であって、「裁判を行う場所」という特定の場所や建物の意味ではない。
廷を法廷・開廷・出廷・廷吏などのように使うのは日本的展開であろう。なぜ日本でこのような使い方が生まれたのか。日本では裁判をする場所をお白州といった。白州は白い砂利が敷いてある場所で、にわのような平らに均した所である。漢字の廷は平坦に均したにわの意味なので、廷をお白州と考えて、裁判をする場所を廷としたのであろうと推測される。
中国では裁判所の意味は廷ではなく、庭のほうにある。しかし上記のように庭を裁判所に使う典拠(過去の用例)がない。これも推測だが、日本の「廷=お白州(裁判をする所)」が中国に逆輸入されたのではないか。しかし廷にはもはや「にわ」の意味が失われたので、庭を使い、法庭、開庭などの用法が生じたのではあるまいか。
まとめると廷は①にわ、②朝廷、③役所の意味、庭はにわの意味であったが、現代では日本では廷は①朝廷、②裁判所の意味、庭はにわの意味となり、中国では廷は朝廷の意味、庭は①にわ、②裁判所の意味となった。