「堤」

白川静『常用字解』
「形声。音符は是。説文に“滞るなり” とあり、水をさえぎるものの意味であろう。“つつみ、土手”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では是から会意的に説明できず、字源を放棄している。1009「是」では「匙さじの形」としている。会意的に説くには匙と関連づけねばならないが、堤は匙と関連づけられそうにないから、結局字源を放棄するしかない。
これは会意的手法を文字学とする白川漢字学説の限界である。ここには言葉という視点がない。言葉という視点から、言葉の深層構造に迫り、語源的に究明するのが形声的手法である。
形声的手法は実体にこだわらない。是は確かに匙の形と考えられるが、匙という実体にこだわらない。実体よりよも形態や機能に重点を置くのが形声文字の成り立ちである。形態や機能に重点があるというのはイメージを把握するからである。言葉の深層構造にあるのはコアイメージなのである。
では是はどんなコアイメージがあるのか。言い換えれば、どんなコアイメージを是という記号にこめているのか。すでに1009「是」で述べたが、「まっすぐ」「まっすぐ伸びる」というコアイメージである。このイメージをもつ言葉を図形化するために匙をかたどった是が工夫されたのである。匙は長く伸びた形態であるから、このコアイメージを表現できる。
かくて「是(音・イメージ記号)+土(限定符号)」を合わせた堤が考案された。「まっすぐ」というイメージは↑の形でもあるし、→の形でもある。これは「まっすぐ伸びる」というイメージにもなる。
古典における堤の用例を見てみよう。
 原文:千丈之堤以螻蟻之穴潰。
 訓読:千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰(つい)ゆ。
 翻訳:どんなに高いつつみもケラやアリの穴で崩れてしまう――『韓非子』喩老
堤は「つつみ」の意味で使われている。これを古典漢語ではteg(呉音でタイ、漢音でテイ)という。これを代替する視覚記号しとして考案されたのが堤である。
つつみは水を遮るものではあるが、遮るという機能から名づけられていない。「まっすぐ」「まっすぐ伸びる」という形態的特徴から名づけられている。↑の形にまっすぐであり、→の形に伸びているというのがその特徴である。だから「つつみ」を意味するdegを「是+土」の堤で表記するのである。