「敵」

白川静『常用字解』
「形声。音符は啇。啇は帝と口(ᆸで、祝詞を入れる器の形)とを組み合わせた形で、祝詞を唱えて上帝を祀る資格にあてはまる者をいい、嫡のもとの字である。上帝の子孫として、その正当な後継者にあたる者を啇といい、これに攴(打つの意味がある)を加えた敵は、啇に敵対する者の意味となり、“かたき、あいて” の意味に用いる」

[考察]
啇の解釈の疑問については1257「嫡」、1335「摘」、1336「滴」、1337「適」で述べた。本項では啇(上帝の子孫としてその正当な後継者にあたる者)+攴(打つ)→啇に敵対する者という意味を導く。
形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。 敵を会意的に説くなら「啇を打つ」という意味になりそうなもの。なぜ「敵対する者」の意味になるのか。だいたい敵の意味を説明するのに「敵対する」で説明するのは同語反復であろう。始めから敵が「かたき」の意味だと分かっているから、こんな同語反復の説明の仕方になっている。
しかし敵は「かたき」の意味だろうか。古典における用例を見てみよう。
①原文:仁人無敵於天下。
 訓読:仁人は天下に敵無し。
 翻訳:仁者は世界中でかなうものが二人といない――『孟子』尽心下
②原文:伏戎于莽、敵剛也。
 訓読:戎を莽に伏するは、敵剛なればなり。
 翻訳:兵士を草むらに伏せるのは、敵が強いからだ――『易経』同人

①は対等に張り合うこと、またそのような相手の意味、②は戦う相手(かたき、あだ)の意味で使われている。これを古典漢語ではdek(呉音でヂヤク、漢音でテキ)という。これを代替する視覚記号しとして敵が考案された。
②はかたきの意味であるが、①からの転義である。このような転義には普遍性がある。日本語の「かたき」は「二つで一組を作るももの一方の意」(『岩波古語辞典』)で、怨恨の相手はそれの特化した意味である。白川は「かたき」の意味から匹敵の敵、「ひとしい」の意味になったというが、逆であろう。 
字源を検討する。敵は「啇テキ(音・イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。啇については1336「滴」から再び引用する。
啇を分析すると「帝(音・イメージ記号)+口(限定符号)」となる。帝にコアイメージの源泉がある。1321「帝」で述べたように「いくつかのものを締めくくって一つにまとめる」というイメージである。複数のものが一本化すると、「線条をなす」「直線状、まっすぐ」というイメージが生まれる。線条(直線状)に方向性を与えると→の形のイメージになる。←の方向でも、↑の方向でも同じである。これらは「まっすぐ」「まっすぐ向かう」のイメージである。一方、→の形が連鎖すると→→の形、また→と←が組み合わさると→←の形になる。前者は「点々と連なる」のイメージ、後者は「向き合う」のイメージである。イメージは連合し、展開、転化していくものである。
啇は帝のイメージから展開する。啇の表すイメージを整理すると
(1)いくつかのものを締めくくってまとめる
(2)線条をなす、まっすぐ、まっすぐ向かう
(3)点々と一筋に連なる
(4)→←の形に向き合う
これらは「締めくくる(一本化する)」→「まっすぐ」というイメージ転化から連合・発展するイメージである。(以上、1336「滴」の項)
敵では啇の(4)「→←の形に向き合う」というイメージが用いられている。A→←Bの形に向き合って対等に張り合うことを敵という。攴は動作と関係づけるための限定符号である。敵は対等に張り合うという動詞にも、張り合う相手という名詞にも使われる。ライバルやかたきも張り合う者である。怨恨の対象である「あだ」というのは特化した意味である。