「鉄」
正字(旧字体)は「鐵」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は𢧑てつ。𢧑に黒いの意味があるらしく、赤黒い毛の馬を驖という。説文に“黒金なり”とあり、“くろがね、てつ”をいう」


[考察]
𢧑に黒いの意味があるらしいというが、『漢語大字典』では「盛、大」の意味で、音は直一切(チツ)とある。
金属の異称に黄金(ゴールド)、白金(シルバー、銀)、赤金(銅)、黒金(鉄)がある。鉄は藍黒色を呈するから黒金と呼ばれたという(『漢語大字典』)。
白川は逆推して𢧑に黒いの意味があるとしたようだが、見当外れである。
鉄の異称は色から黒金と呼ばれたが、言葉としての鉄は色ではなく、用途による命名である。字源を見てみよう。
鐵は異体字の𨫓から説くのが分かりやすい。戜(テツ)は「呈(音・イメージ記号)+戈(限定符号)」と分析する。呈は「まっすぐ」というイメージがある(1312「呈」を見よ)。「まっすぐ」は「まっすぐ延びる」「まっすぐ通る」など、要するに直線状に進むイメージである。戈は武器と関係があることを示す限定符号。𨫓は武器で(武器が)まっすぐに突き通す状況を暗示させる図形。『説文解字』では「戜は利なり」とある。『漢語大字典』によると、「鋒利」の意味とする。つまり「切れ味がよい」「よく切れる」という意味。
戜に大を加えたのが𢧑である。大は人の形。だから𢧑は人を真っ二つにする様子を表す図形。
字形の解剖は以上の通りである。物(あるいは人)がよく切れるのに使う金属という意匠をこめたのが鐵である。この図形によって古典漢語のt'et(呉音でテチ、漢音でテツ)を表記したのである。