「転」
正字(旧字体)は「轉」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は專(専)。專は橐ふくろ(叀)の中に物を入れ、手(寸)で摶って固めることをいい、まるめるの意味がある。まるめたものはまわりやすく、ころびやすいものであるから、車輪のまわることを轉という」

[考察]
專に「袋の中に物を入れ、手で打って固める」という意味があるだろうか。そんな意味はない。また、手で打って固めることがなぜ「まるめる」の意味になるのか、意味展開が不自然である。また、転に「車輪が回る」という意味があるだろうか。そんな意味はあるまい。「車輪」に限定されない。
古典における轉の用例を見てみよう。 
 原文:我心匪石 不可轉也
 訓読:我が心は石に匪(あら)ず 転(まろば)すべからず
 翻訳:私の心は石ではないから (勝手に)ころがすことはできぬ――『詩経』邶風・柏舟
轉は円を描くようにくるくる回るという意味で使われている。これを古典漢語ではtiuan(呉音・漢音でテン)という。これを代替する視覚記号しとして轉が考案された。
轉は「專(音・イメージ記号)+車(限定符号)」と解析する。專については1075「専」、1230「団」で述べているが、もう一度振り返る。
專は「叀セン(音・イメージ記号)+寸(限定符号)」と解析する。叀は紡錘を描いた図形である。『説文解字』の一説として「紡専なり」がある。しかし実体に重点があるのではなく形態と機能に重点がある。紡錘は下に陶製の丸い煉瓦をぶら下げ、それを回転させて紡いだ糸を巻き取るものである。形態的には「丸く回る」というイメージ、機能的には「一つにまとまる」というイメージがある。寸は手の動作に限定する符号である。專は紡錘を回して糸を作る情景を設定した図形だが、そんな意味を表すのではなく、この図形的意匠によって「丸く回る」「いくつかのものを一つにまとめる」というイメージを暗示させるのである。(1230「団」の項)
專は「丸く回る」というイメージを表す記号である。図示すると〇の形、あるいは↺の形。車は車に関係があることを示す限定符号。限定符号には三つの働きがある。カテゴリーを示す働き。意味領域を指示する働き。そのほかに図形的意匠を作るための場面設定の働き。これについては誰も言ったことがない。しかしこの働きを見逃すと支障が起こる。限定符号を意味として読み込む危険があるからだ。三番目の限定符号は意味外のメタ記号なのである。轉では車と関わる場面が設定され、「專」に車を添えて、車輪が〇や↺の形に回る情景が作り出された。これが轉の図形的意匠である。しかし車は意味外のメタ記号であって、tiuanという言葉の意味には入らない。車は轉の意味素ではない。要するに轉は上記の意味であって、車とは関係がないのである。限定符号に囚われると「車輪が回る」という意味になってしまうが、こんな意味には使われないのである。意味とは文脈における言葉の使い方にほかならない。