「伝」
正字(旧字体)は「傳」である。

白川静『常用字解』
「会意。人と專(専)とを組み合わせた形。專は橐ふくろ(叀)の中に入れた物を手(寸)で摶ってまるい形にしたものをいい、これを人が背負う形が傳で、背負って運ぶ、他に運び伝えるの意味となる」

[考察]
專はセンの音だからデンの音とつながりがある。だから形声のはず。団(團)と転(轉)では形声としている。
白川漢字学説には形声の説明原理がない。だからすべて会意的に説くのが特徴である。本項では人+專(まるい袋)→人が袋を背負う→背負って運ぶという意味を導く。
背負うのはただの袋をではなく、「袋の中に物を入れて打って丸くした袋」だという。これはいったい何のことか。よく分からない。また、伝に「(袋を)背負って運ぶ」という意味があるだろうか。そんな意味はあり得ない。字形から意味を求めると恣意的な解釈に陥りがちである。結果としてあり得ない意味が出てくる。
意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。古典における傳の用例を見てみよう。 
①原文:晉侯以傳召伯宗。
 訓読:晋侯伝を以て伯宗を召す。 
 翻訳:晋侯は駅伝[乗り継ぎ馬]で伯宗を召した――『春秋左氏伝』成公五年
②原文:傳不習乎。
 訓読:習はざるを伝へしか。
 翻訳:習っていない事柄を人に伝えてはいないか――『論語』学而

①はリレー式に(中継を経て)人や物を送るという意味、②は次々に受け渡すという意味で使われている。これを古典漢語ではdiuan(呉音でデン、漢音でテン)という。これを代替する視覚記号しとして傳が考案された。
傳は「專(音・イメージ記号)+人(限定符号)」と解析する。專については1350「転」で述べているが、もう一度振り返る。
專は「叀セン(音・イメージ記号)+寸(限定符号)」と解析する。叀は紡錘を描いた図形である。『説文解字』の一説として「紡専なり」がある。しかし実体に重点があるのではなく形態と機能に重点がある。紡錘は下に陶製の丸い煉瓦をぶら下げ、それを回転させて紡いだ糸を巻き取るものである。形態的には「丸く回る」というイメージ、機能的には「一つにまとまる」というイメージがある。寸は手の動作に限定する符号である。專は紡錘を回して糸を作る情景を設定した図形だが、そんな意味を表すのではなく、この図形的意匠によって「丸く回る」「いくつかのものを一つにまとめる」というイメージを暗示させるのである。(1230「団」の項)
專は「丸く回る」というイメージを表す記号である。図示すると〇の形、あるいは↺の形。轉では「円を描くようにくるくると回る」という意味が実現された。これは回転の転。しかし移転の転は「くるくる回る」という意味ではない。〇の形を連鎖させると↺↺↺・・・の形に転がっていくというイメージにも転化する。転々と移動するという意味に転じる。これが移転の転である。傳はまさにこのイメージである。「↺↺↺・・・の形に転々と移る」というイメージが傳のコアをなす。上の①は駅伝の伝と同じ。駅伝は↺↺↺・・・の形に、中継点を継ぎながら、次々に 人や物を送るシステムである。リレー式に送るというのが伝の意味である。これから②の意味に展開するのは容易に分かる。