「謄」

白川静『常用字解』
「形声。音符は朕。朕(月はもと舟の形で、盤をいう)は盤に入れた物を両手で捧げておくることをいい、品物や貨幣を贈ることを賸という。謄は説文に“迻うつし書くなり” とあり、“うつしとる、うつす”の意味とする」

[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。「盤に入れた物を両手で捧げておくる」 ことから「うつしとる、うつす」という意味に展開させるが、「うつす」は書き写すことであるから、なぜ「両手で捧げて贈る」ことから「書き写す」の意味が出るのか、よく分からない。不自然な字源説である。
白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが特徴である。形声は言葉という観点に立たないと解釈できない。会意的な解釈は壁にぶつかってしまう。恣意的な解釈に陥りがちである。
謄は『説文解字』にあるので、漢代には存在する字であるが、適当な用例がない。本格的には唐宋以後の用例が多い。謄写(書物を他所に書き写す)の意味で使われている。
謄は「朕(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。朕については1303「朕」で述べている。もう一度振り返る。
朕は「灷ヨウ(音・イメージ記号)+舟(限定符号)」と解析する。灷は「午(杵の形)+廾(両手)」を合わせて、杵を持ち上げる情景である。杵を持ち上げる行為は臼をつく際などに見られる。ただし具体的な行為に重点があるのではなく、「上に上げる」というイメージを示している。舟は盤ではなく「ふね」そのものである。限定符号は図形的意匠を作るための場面設定の働きがある。舟に関する場面を想定し、舟が水の力で水面に浮き上がる情景という意匠を作ったのが朕である。ただしこの場合もそんな意味を表そうとするのではなく、「上(表面)に上がる」というイメージを表すための工夫なのである。(1303「朕」の項)
朕は「上(表面)に上がる」というイメージから、兆しが表面に現れ出るという意味が実現される(別の意味は一人称代名詞)。言は言葉と関係のあることを示す限定符号。文字や書物も言葉と関係がある。したがって謄は原本の文字を別の所(紙など)の上に現し出す状況を示す図形と解釈できる。これは「原本を書き写す」という意味を暗示するための図形的意匠である。