「独」
正字(旧字体)は「獨」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は蜀。蜀は牡の獣の形で、虫の部分はその性器の形。牡の獣は群れを離れていることが多いので、獨は一匹の獣の意味から、人に移して“ひとり”の意味に用いる」

[考察」
字形の解釈にも意味の取り方にも疑問がある。獨に「一匹の獣」という意味はない。蜀の解釈の疑問については948「触」、1166「属」で述べたが、もう一度振り返る。
蜀については『説文解字』に「葵中の蚕なり」とあり、『詩経』の「蜎蜎者蜀」という詩句を引用している。現在の『詩経』のテキストでは蠋となっている。蠋はアオムシやイモムシのことで、蝶や蛾の幼虫である。この虫はある種の木の葉にとりついて、食べ終わるまで離れない習性がある。これから「一所にくっついて離れない」というイメージが捉えられ、漢字の造形に使われる。したがって觸は角のある獣が角を一点にくっつけて(角で一点を突いて)ふれる情景を設定した図形である。(以上、948「触」の項)
このように蜀は蠋の原字である。しかし実体に重点がるのではなく形態や機能に重点がある。生態的特徴から蜀は「 一所にくっついて離れない」というイメージを表す記号となる。
「くっつく」とはA→BがA・Bとなり、AとBが一体化することでもある。これは二つに分かれていない状態、一体化・未分化の状態である。二つのものが一つになった(偶するものがない)状態が「ひとつ」「ひとり」の意味を実現する。これを古典漢語ではduk(呉音でドク、漢音でトク)という。古典では次の用例がある。
 原文:念我獨兮 憂心京京
 訓読:我の独りなるを念へば 憂心京京たり
 翻訳:ひとりなる己を思えば 悲しみはますます募る――『詩経』小雅・正月
獨はひとり・ひとつの意味で使われている。
次に字源を見る。獨は「蜀(音・イメージ記号)+犬(限定符号)」と解析する。蜀は上記の通り「一所にくっついて離れない」というイメージを示す記号。犬はいぬに関係のあることを示す限定符号。限定符号の役割は言葉の意味領域を指定するほかに、図形的意匠の場面設定の働きがある。犬に関わる場面が設定され、犬が一つの場所(持ち場)にくっついて離れないといった情景が設定される。これは「くっついて離れない」というイメージが現実の具体的な状況にあることを示し、この図形的意匠によって「他に連れがなくただひとつ」という事態を表現しょうとするのである。犬は比喩に過ぎない。犬の習性を利用したものである。