「尼」

白川静『常用字解』
「会意。尸と匕はともに人の形で、前の人(尸)の後ろから人(匕)がもたれる形で、“ちかづく、したしむ” の意味となる。のち“あま”の意味に用いる」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当である。ただし字形から意味を引き出すのは正しい方法とは言えない。
尼は古典における用例がきわめて少ない。『尸子』(現在は逸書)の佚文に「尼(ちか)きを悦びて遠きより来る」(近づくのを喜んで遠い所からもやってくる)という文章がある。尼は「近づく」「親しみ合う」という意味で使われ、昵懇の昵(親しみ合う、ねんごろ)と同義である。
「親しみ合う」とはAとBが近づいて、べたべたとくっつくことである。図示するとA→B、A-Bの形。これは「ふたつがくっつく」というイメージである。この状態を表す言葉がnierであり、数詞の二や、二人称の爾と同音である。これらも「二つくっつく」「二つ並ぶ」というコアイメージがある。
以上は語源的に尼を見たが、次は字源。尼は「尸(左に向いて尻を突き出した人の形)+匕(右に向いて尻を突き出した人の形)」を合わせて、二人が尻をくっつけ合って親しみ合う情景を図形化している。昵懇の昵(ねんごろ)を実演するような図形である。
尼は古典ではほとんど使われていないが、昵のほか泥で生き残っている。「くっつく」という物理的イメージは「べたべたとくっつく(親しみ合う)」という心理的イメージに転化するが、再び物理的イメージに戻されたのが泥である。
後漢・六朝以後に仏典の翻訳の際、梵語のbhiksunīが比丘尼と音写された。尼だけを取って女の僧侶を尼というようになった。日本語では尼を「あま」と読む。「あま」も梵語のambā(母の意)に由来するという。