「弐」
正字(旧字体)は「貳」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は弍。貳は貝(もと青銅器の祭器である鼎の形)に刻まれている銘文を戈ほこで削って改変を加えるという意味で、原文を変えることをいう。それで“ふたたび、ふたつ”の意味となり、また文書の副本をいう」

[考察]
弍と貝に分析しながら、弍の説明がなく、いきなり貳は青銅器に刻まれた銘文を戈で削って改変することだという。こんな意味が貳にあり得るだろうか。古典では全く証拠がない。また「原文を変える」ことから「ふたたび、ふたつ」の意味になるというが、意味展開に必然性がない。
意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではない。言葉の使われる文脈からしか出てこない。貳の使われる古典の文脈を見てみよう。
①原文:貳用缶。
 訓読:弐(そ)ふるに缶ほとぎを用(もつ)てす。
 翻訳:[酒樽に]土器を添える――『易経』坎
②原文:女也不爽 士貳其行
 訓読:女や爽(たが)はざるに 士は其の行ひを弐(ふた)つにす
 翻訳:女は心変わりしないのに 男はすぐに裏切る――『詩経』衛風・氓
③原文:不貳過。
 訓読:過ちを弐(ふたた)びせず。
 翻訳:[顔回は]過ちを二度としなかった――『論語』雍也

①は本体のそばにつく(添う、添える)の意味、②は二つに分かれる(そむく)の意味、③はふたつ、ふたたびの意味で使われている。これを古典漢語ではnier(呉音でニ、漢音でジ)という。これを代替する視覚記号として貳が考案された。
貳は「弍(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。弍は「二(音・イメージ記号)+弋(限定符号)」と解析する。二は「ふたつくっく」というイメージがある(1434「二」を見よ)。弋は二股の棒状の道具(いぐるみ)であるが、棒に関わる限定符号ともなる。弍は棒がふたつくっついて並ぶ情景で、「ふたつ」を表している(弍は二の古文)。弍も「ふたつくっつく」というイメージを示す記号となる。図示するとA-Bの形。AとBがくっつくように並ぶというイメージ、また、AのほかにBがくっつくように並ぶ、AのそばにBがくっついているというイメージでもある。貳は貝(財貨、金銭)が一つのほかにもう一つある状況を示す図形である。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は上記の①である。本体のそばにもう一つくっつくように並んでいること、つまり「添える」という意味である。
意味はコアイメージによって展開する。「ふたつくっつく」というのが貳のコアイメージ。「くっつく」はA→←Bの形であるが、視点を変えるとA←→Bの形にもなる。これは「二つに分かれる」「そむく」の意味(これが②)。また、AとBがくっつくように並ぶことから、「ふたつ」という数(数量を表す)、またこれから「ふたたび」(回数を表す)という意味にも展開する(これが③)。
現在の日本では貳(弐)は二の大字(書類などで間違いを防ぐための数字)の役割しかない。