「熱」

白川静『常用字解』
「会意。埶は苗木を土に植え込む形。苗木を植え、育てるには、温熱の時がよいという意味で、火を加えたものであろう。熱とはもと自然の温暖な気候をいう語であるらしく、“あつい、あつさ、ねつ” の意味に用いる」

[考察]
字形から意味を読み取るのが白川漢字学説の方法である。埶(苗木を土に植え込む)+火→苗木を植えて育てるには温暖の時がよい→自然の温暖な気候という意味を導く。
熱に「自然の温暖な気候」という意味はない。ただ「あつい」「ねつ」の意味があるだけである。「埶+火」から「自然の温暖な気候」という意味になる必然性がない。苗木を火で燃やすという意味にもなりうる。
字形から意味を読むのは恣意的になる可能性がある。逆に意味から字形を考えるべきである。意味は「言葉の意味」であって、言葉の使われる文脈からしか分からない。 古典における熱の用例を見るのが先決である。
 原文:誰能執熱 逝不以濯
 訓読:誰か能く熱を執りて 逝(ここ)に以て濯はざらん
 翻訳:熱いものを手でつかんで 手を冷やさぬ者がいるだろうか――『詩経』大雅・桑柔
熱は温度が高くてあつい意味で使われている。これを古典漢語ではniat(呉音でネツ、漢音でゼツ)という。これを代替する視覚記号しとして熱が考案された。 
『釈名』(漢代の語源辞典)では「熱は爇ゼツなり。火の焼する所の如きなり」と語源を説いている。は然・燃と同源で「もえる」というのがコアイメージ。固い物を燃やすと軟らかくなるし、寒さなどで固く緊張した体に日光やのねつを加えられると軟らかくなる。後者は暖かいというイメージとつなる。暖という語には「軟らかい」というイメージがある(1235「暖」を見よ)。このように熱・爇・然・燃と軟・暖は非常に近いことばで、「軟らかい」というイメージが根底にあり、これから「暖かい」のイメージが生まれ、さらにこれから「あつい」のイメージに展開する。「あたたかい」と「あつい」が関連するイメージであることは日本語でも同じで、アタタカイのアタとアツイのアツは同根とされている(『岩波古語辞典』)。
以上は語源的に検討した。次は字源である。熱は「埶ゲイ(音・イメージ記号)+火(限定符号)」と解析する。埶という記号は『詩経』では蓺(=藝)でも用いられている。園芸の芸の意味が最初である。埶は「坴(盛り上げた土の上に草のある形)+丮(両手を出す人の形)」を合わせて、植物に手入れして栽培する情景を設定した図形である(443「芸」を見よ)。蓺(藝)は植物を植えて栽培するという意味が実現される。しかし熱や勢では埶を園芸の芸とは違ったイメージを表す記号に用いている。それは何か。
栽培という行為を、栽培する側に視点を置くと、これは自然に手を加える行為である。だから「自然のものに人工を加える」というイメージがある。このイメーが園芸の芸、技芸の芸という意味を実現させる。一方、栽培される側(植物)に視点を置くと、植物は手入れされてどんどん生長するから、「生気やエネルギーが生み出される」というイメージがある。このイメージが熱と勢で利用される。
火は火と関係があることを示す限定符号。火は比喩的に「ねつ」と関係があることを示している。したがって熱は火を燃やすときに生み出される気(つまり熱気)を暗示させる。「燃える」というイメージは上で述べた通り、「軟らかい」というイメージ、「暖かい」というイメージにつながる。「あつい」「ねつ」を意味する
niatという語を「熱」という図形で表記する理由は、以上の通りである。