「破」

白川静『常用字解』
「形声。音符は皮。皮は獣の皮を手で剝がしている形。説文に“石砕くるなり” とあり、石の表面がくだけ剝がれることをいう」

[考察]
字形から意味を読み取るのが白川漢字学説の方法である。皮(獣の皮を手で剝がす)+石→石の表面が砕け剝がれるという意味を導く。
破に「石の表面が砕け剝がれる」という意味があるだろうか。意味とは「言葉の意味」であって、言葉の使われる文脈で使われる意味である。文脈になければ意味とは言えない。破は古典に次の用例がある。
 原文:既破我斧 又缺我斨
 訓読:既に我が斧を破り 又我が斨ショウを欠く
 翻訳:我が軍は斧も壊れて ちょうなも欠けた――『詩経』豳風・破斧
破は「やぶる」の意味で使われている。物に衝撃を加え、二つに裂いたり割ったりして壊すということである。「石の表面が砕けて剝がれる」という意味ではない。そんな意味は破にはない。
上の用例にあるような壊し方を古典漢語ではp'uar(呉音・漢音でハ)という。これを代替する視覚記号しとして破が考案された。
古典には「破は砕なり」の訓があるが、砕は「小さくばらばらになる」というイメージの語で、破とは違う。破は発・別・伐などと同源で、「二つに分ける」がコアイメージであり、物を二つに割って壊すことを破という。
以上は語源だが、次は字源。破は「皮(音・イメージ記号)+石(限定符号)」と解析する。皮は「覆いかぶさる」「斜めに傾く」というイメージを表す記号で(1459「波」を見よ)、「二つに分ける」というイメージはない。しかし皮をイメージ記号として用いた理由があるはずである。壊す行為の前提として、物に衝撃を加える行為がある。物に衝撃を加えて二つに割った場合、結果として割れた物は斜めに傾くこともある。原因(割る)と結果(傾く)を入れ換えるレトリックが働いて、「斜めに傾く」というイメージをもつ皮を用いて、破が作られ、上記の意味をもつp'uarを破で表記したのである。