「婆」

白川静『常用字解』
「形声。音符は波。古くは媻に作り、音符は般。般に般楽(楽しむこと)の意味がある。女の舞う様子を婆娑という。のち“ばば、老女” の意味に用いる」

[考察]
般は「楽しむ」の意味で、媻は「女の舞う様子」というのは、意味展開が不自然である。また、肝心の婆の説明がなく、なぜ「ばば、老女」の意味になるのか分からない。字源の体をなしていない。 
婆は古典に次の用例がある。
 原文:不績其麻 市也婆娑
 訓読:其の麻を績(う)まず 市に婆娑たり
 翻訳:[女らは]アサを績まずに 市場で舞っている――『詩経』陳風・東門之枌
婆娑バサという二音節語で、ぐるぐる舞い踊るという意味である。
婆娑はbuar-suarという音形で、韻が共通の畳韻語である。声母(語頭子音)が同じなら双声語という。このような二音節語は二字で一つの言葉を表しているので、分解して解釈できないとされている。しかし言葉の根源のイメージ(コアイメージ)を捉えることのできる場合もある。
婆は「波(音・イメージ記号)+女(限定符号)」と解析する。波は「斜めにかぶさる」「斜めに傾く」というイメージがある(1459「波」を見よ)。婆は女が体を傾けて舞い踊る様子を表している。
また娑は「沙(音・イメージ記号)+女(限定符号)」と解析する。沙は小さく砕けた石(砂)のことで、「小さい」「細かい」 「細かく(ばらばらに)分かれる」「小さいものが分散する」というイメージがある。これは「小さいものがちらちらと飛び散る」というイメージにも転化する。娑は女が衣の裾をちらちら翻して舞い踊る様子を表している。
これら二つのイメージを組み合わせたのが婆娑という語である。
婆娑は非常に語史が古いが、六朝以後になって老女をbua(呉音でバ )といい、婆をその表記とした。なぜ婆を利用したのか。波には「斜めに傾く」というイメージがあった。だから腰の曲がった女を婆と書いた。腰が曲がっていなくてもbuaというが、老女の特徴の一つを捉えてbuaといい、婆としたのである。