「博」

白川静『常用字解』
「形声。音符は尃。尃は根を包んだ苗木を手に持つ形で、苗木を土に植えることをいう。十はおそらく干たての形で、搏つとよむべき字であろう。博は搏(うつ、たたく)と同じ字であるとみてよい。尃に“尃ひろい、尃おおいに”の意味があり、博は“ひろい、ひろめる、おおきい、おおい”の意味に用いる」

[考察]
尃は「苗木に土を植えること」といいながら、「ひろい、おおいに」の意味があるといったり、博は搏(うつ、たたく)と同字といいながら、「ひろい、おおきい」の意味とするのは、変である。また、十が干(たて)の形というのも解せない。なぜ博が「ひろい、おおきい」の意味になるのか、よく分からない。支離滅裂な字源説というほかはない。
古典における博の用例を見てみる。
①原文:戎車孔博
 訓読:戎車は孔(はなは)だ博し
 翻訳:戦車はとても大きい――『詩経』魯頌・泮水
②原文:博學於文、約之以禮。
 訓読:博く文を学び、之を約するに礼を以てす。
 翻訳:広く文を学んで、礼でびしっと締める――『論語』顔淵

①は空間的に広く大きい意味、②は知識や学問の範囲が広く行き渡る意味で使われている。これを古典漢語ではpak(呉音・漢音でハク)という。これを代替する視覚記号しとして博が考案された。
博は「尃フ(音・イメージ記号)+十(イメージ補助記号)」と解析する。尃は「甫(音・イメージ記号)+寸(限定符号)」と解析する。甫は「屮(草の芽)+田」の組み合わせで、田に苗がびっしり生えている(植えてある)情景。びっしりくっついた状態は隙間がなくなるから、「薄い」というイメージ、また「平ら」というイメージに転化する。「くっつく」「薄い」「平ら」は互いに連合する三つ組みイメージである。「平ら」のイメージから「平らに広がる」というイメージにも展開する。尃は平らに敷き広げる情景。十は十進法で基数を締めくくりまとめる単位である。だから「欠け目なくまとまる」というイメージを示す記号となる。 博は平らに欠け目なく十分に行き渡る状況を示す。この意匠によって、上記の①の意味をもつpakを表記する。地大物博、広博などは空間的に広く大きいの意味。知識などが広い意味(上の②)はその派生義である。博識、博士などの博はこの意味。