「判」

白川静『常用字解』
「形声。音符は半。半は犠牲の牛を二つに分ける形。刀を加えて二つに分けるの意味を示す」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当である。形声の説明原理がなく会意的手法に従うのが白川漢字学説であるから、半(犠牲の牛を二つに分ける)+刀(かたな)→犠牲の牛を刀で二つに分けるという意味になりそうなもの。そうしないで単に「二つに分ける」の意味としたのは白川流ではない。しかしこれが正当である。なぜなら犠牲の牛も刀も判の意味素にないからである。
判は古典で次のように使われている。
 原文:判天地之美、析萬物之理。
 訓読:天地の美を判(わか)ち、万物の理を析(さ)く。
 翻訳:[統一体である]自然の美、万物の理を分けてばらばらにする――『荘子』天下
判は二つに分けるという意味で使われている。これを古典漢語ではp'uan(呉音・漢音でハン)という。これを代替する視覚記号しとして判が考案された。
判は判断や裁判という使い方(意味)に転じる。これはなぜか。白川は「重要な契約は同じ契約事項を書いた紙を二枚に分けて証拠としてそれぞれが保持する定めであった。その両分する部分に割印を押捺した契約書を判書といい、その判書によって契約上のことを審理し裁定するから、判断・判定。判決などのように“さばく” の意味に用いる」と説明している。これは全く迂遠な説明である。言葉の意味展開を言語外のことから説明している。
判の深層構造をなすのは「二つに分ける」というイメージである。図示すると▯←→▯の形である。「A←→Bに分ける」というイメージである。これから是と非、善と悪、白と黒に分けるという意味に展開する。これが判断・裁判の判の意味である。