「蛮」
正字(旧字体)は「蠻」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は䜌ばん。 䜌は神への誓いの言葉を入れた器に糸飾りをつけている形で、䜌をえびすの意味に用いるのはその音を借りる仮借の用法である。のち䜌に虫を加えるのは、南方の諸族を蛇種と考えるようになったからである」

[考察]
䜌の音をバンとしているが、『広韻』では落官切(ラン)の音としている。白川本書の「変」ではバン、「恋」ではランとし、一定しない。巒・欒・鸞などはすべてランの音で、これらの音符である䜌もランの音である。
白川は䜌を「神への誓いの言葉を入れた器に糸飾りをつけている形」としているが、「神への誓いの言葉を入れた器」とは何のことか。こんなものが実在するのか。南方の諸族の意味は仮借だという。しばしば指摘したように仮借説は解釈がつかないときの逃げの論法に過ぎない。
蠻はすでに『詩経』にも用例があり、語史の古い言葉で、南方の異族を意味する。古典漢語ではmăn (呉音でメン、漢音でバン)といい、蠻と表記された。
蠻は「䜌ラン(音・イメージ記号)+虫(限定符号)」と解析する。䜌は『説文解字』に「乱」「不絶」の意味としている。「絲(いと)+言(ことば)」を合わせて、言葉が糸のように途切れなく続く状況を示す図形で、この意匠によって「ずるずるとつながって絶えない」「もつれてけじめがつかない」「もつれて乱れる」というイメージを示す記号となる。虫は「むし」と関係があることを示す限定符号だが、比喩的限定符号にもなる。人種を差別するためにこの限定符号をつけている。北方の異族を指す狄(テキ)はけもの偏になっている。
蠻はもつれたように意味不明の言葉をしゃべる人種というのが図形的意匠である。中華意識の強い中原の中国人が南方の異族をさげすんで蠻(蛮)と呼んだ。文明に浴しない民族を一般に蛮といい、礼儀や道理をわきまえないことをまた蛮という。野蛮・蛮行の蛮はこの意味である。