「彼」

白川静『常用字解』
「仮借。もと形声の字で、音符は皮。彳(行くの意味)に従い、外に行動するという意味の字であろうが、代名詞“かれ、かの、かしこ、かなた”の意味に用いる。代名詞はもとその字がなく、他の字の音を借りて用いる仮借の用法である」

[考察]
彼はもともと代名詞のために作られた字であって、ほかに彼があってそれを借用したわけではない。「我」の箇所でも述べたが、代名詞といえども仮借はあり得ない。説明がつかないから仮借としただけである。
彼は古典で次のように使われている。 
①原文:彼采葛兮
 訓読:彼(かしこ)に葛を采らん
 翻訳:あそこへクズ摘みに行こうよ――『詩経』王風・采葛
②原文:逢彼之怒
 訓読:彼の怒りに逢はん
 翻訳:あの人の怒を買うだろう――『詩経』邶風・柏舟

①は空間的に離れたかなたの意味、②は近くにいない人や物を指す言葉(かれ) の意味である。
彼は「皮(音・イメージ記号)+彳(限定符号)」と解析する。皮は「斜めに傾く」というイメージがある(1530「皮」を見よ)。彳は道や進行と関係があることを示す限定符号。したがって彼は正位置(手前、こちら)から片方へずれて行く状況を示す。この意匠によって、こちらから離れたあちらの方(かなた)を暗示させる。