「被」

白川静『常用字解』
「形声。音符は皮。皮は表面を覆うもので、説文に“寝衣なり”という。のち小臥被といい、いわゆる寝巻きである」

[考察]
1530「皮」では「獣の皮を手で引き剝がしている形」で、これから「かわ」の意味になったというが、「引き剝がす」という意味になりそうなもの。字形から意味を導くことに難点がある。 本項では皮は表面を覆うもので、寝間着の意味になるという。「表面を覆う」から「寝間着」への意味展開は必然性がない。被る、覆いかぶさるという意味になりそうなもの。
白川漢字学説は言葉という視座がないから、言葉の深層構造を探求する姿勢もないし、コアイメージという概念もない。だから字形をなぞった解釈をして、意味に置き換える。しかし意味は字形にあるのではなく、言葉にある。言葉の使われる文脈にある。古典における被の用例に当たるのが先決である。
①原文:聖人被褐懷玉。
 訓読:聖人は褐を被(き)て玉を懐(いだ)く。
 翻訳:聖人はぼろを着ながら、玉を隠しもつ――『老子』七十章
②原文:功被天下。
 訓読:功は天下を被(おほ)ふ。
 翻訳:功績が天下に覆いかぶさる――『荀子』賦篇

①は衣類を着る意味、②は上から覆いかぶさる意味である。これを古典漢語ではbiar(呉音でビ、漢音でヒ)という。これを代替する視覚記号しとして被が考案された。 
被は「皮(音・イメージ記号)+衣(限定符号)」と解析する。皮は「斜めにかぶさる」「斜めに傾く」というイメージがある(1530「皮」を見よ)。衣は衣類に関係があることを示す限定符号。したがって被は衣類を斜めにかぶる状況を示す。この意匠によって上記の①②の意味をもつbiarを表記する。