「票」

白川静『常用字解』
「会意。囟と𦥑と火とを組み合わせた形。囟は人の頭部の形、𦥑は左右の手を合わせた形。票は死者の頭部や死体を両手に持って焼く形で、その火の勢いによって屍が浮き上がることをいい、“とぶ、かるくあがる、ゆれうごく、はやい”の意味となる」

[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。篆文は「囟+𦥑+一+火」であって、白川は「一」を抜かしている。票の字形を「死者の頭部や死体を両手に持って焼く形」とし、意味を「その(頭部や死体を焼く)火の勢いによって屍が浮き上がること」とする。しかし「頭部や死体を焼く火の勢いによって屍体が浮き上がる」とはどういうことか。こんな現象がありうるのか。図形的解釈をストレートに意味とするから、こんな奇妙な意味を導き出すことになる。
意味とは「言葉の意味」であって、字形から出るものではない。言葉の使われる文脈からしか出てこない。票は漢代以後に用例が現れるが、『詩経』には漂・飄・摽などがあり、周代初期に票が作られたことは明らかである。
漢代では火の粉、風で軽く舞い上がる、身軽という意味で使われている。これらを統括するのは「軽く空中に舞い上がる」というコアイメージである。 これは漂・飄・摽・標などをもカバーするイメージである。
楷書の票は字形が崩れて分析が困難だが、篆文に遡ると、䙴センの⺋を火に取り換えた形になっている(大は一に省略化)。したがって「䙴の略体(イメージ記号)+火(限定符号)」 と解析できる。
䙴については1071「仙」、1090「遷」、1456「農」 で説明している。再掲する。
䙴の上部の覀は「囟+𦥑」(𦥑の間に囟を入れた形)が変化したもの、大は廾が変化したもの、下部は㔾が変化したもの。𦥑(両手)と廾(両手)を合せると舁ヨになる。だから䙴は「囟+舁+㔾」が組み合わさった形である。囟シンについては633「細」と705「思」で述べたように、赤ん坊の頭蓋骨にある泉門(ひよめき)の図形で、「細い隙間」「分かれる」「柔らかい」「ふわふわと軽い」などのイメージを表す記号として用いられる。舁は四本の手(二人の手)の形で、「持ち挙げる」「上に上がる」というイメージを示す記号(340「挙」を見よ)。㔾はしゃがんだ人(死者を連想させる)。䙴は「囟シン(音・イメージ記号)+舁(イメージ補助記号)+㔾(限定符号)」と解析する。死者の魂が体から分かれ出て空中にふわふわと舞い上がる状況を想定した図形である。(以上、1071「仙」の項)
このように䙴は「軽く空中に舞い上がる」というイメージを示す記号となる。䙴の下部を火と入れ換えたのが票で、火の粉を表している。また、風で軽く舞い上がる、身軽という意味に転義するのは容易に分かる。
一方、伝票の票や投票の票にも使われようになった。この転義も「ふわふわと軽い」というイメージとのつながりがある。軽くひらひらとした薄い紙片を票というのである。