「漂」

白川静『常用字解』
「形声。音符は票。票は死体を両手に持って焼く形で、その火の勢いによって屍が浮き上がること、ゆれ動くことをいう。水面に浮かんでゆれ動くことを漂という」

[考察]
票の解釈の疑問については1562「票」でも述べた。意味の展開にも疑問がある。「(死体を焼く)火の勢いによって屍体が浮き上がる」とはどういうことか。「浮き上がる」ことから「ゆれ動く」という意味になるだろうか。 
古典における漂の用例を見る。
①原文:血流漂杵。
 訓読:血流れて杵を漂はす。
 翻訳:血が流れて杵[武器の一種]がその上にただよっている――『書経』武成
②原文:蘀兮蘀兮 風其漂女
 訓読:蘀タクよ蘀よ 風其れ女(なんじ)を漂(ひるがへ)す
 翻訳:落ち葉よ落ち葉よ 風がお前を吹き上げる――『詩経』鄭風・蘀兮

①は水面に軽くふわふわと浮かぶ意味、②は空中に浮かんでふわふわと舞い上がる意味で使われている。これを古典漢語ではp'iɔg(呉音・漢音でヘウ)という。これを代替する視覚記号しとして漂が考案された。
漂は「票(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。票については1562「票」で詳しく述べたから繰り返さない。票は「軽く空中に浮き上がる」というイメージを示す記号である。水は意味領域が水と関係があることを示す限定符号。したがって漂は上の①の意味をもつp'iɔgを表記する。②は比喩的な転義である。この場合、普通は飄と書かれる。