「貧」

白川静『常用字解』
「会意。貝は子安貝の形で、非常に貴重なもので財産とみなされた。その貝を分けることを貧といい、財産を分けて乏しくなることをいう」

[考察]
分(piuən、biuən)と貧(biən)は音のつながりがある。だから形声である。白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴で、本項はあえて会意としている。また字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。貝(子安貝、貴重な財産)+分(分ける)→その(貴重な財産である)貝を分ける→財産を分けて乏しくなるという意味を導く。
意味とは「言葉の意味」であって、字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。言葉という視点から、言葉がどのように使われているかを考えるのが先である。古典における用例を見る。
 原文:自我徂爾 三歳食貧
 訓読:我爾に徂(ゆ)きし自(よ)り 三歳食貧し
 翻訳:私がお前に嫁いでから 三年間食が貧しかった――『詩経』衛風・氓
貧は物(財産・物資・金銭など)が乏しい意味で使われている。
貧は「分(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。分は「二つに分ける」というイメージがある。これは「ばらばらに分散する」というイメージに展開する。ばらばらになると形が小さくなり、数量が少なくなる。分が分数の分や、小数の単位に使われるのは、このイメージ展開があるからである。貝は財貨や貨幣と関係があることを示す限定符号である。したがって貧は財産や貨幣が少なくなる状況を示す図形である。この意匠によって上記の意味をもつbiən(呉音でビン、漢音でヒン)という古典漢語を表記する。
漢字は「字形→意味」の方向に見るべきではなく、「意味→字形」の方向に見るべきである。これが歴史的かつ論理的に正しい漢字の見方である。