「賓」
正字(旧字体)は「賓」である。

白川静『常用字解』
「会意。宀と万と貝を組み合わせた形。宀は祖先を祭る廟の屋根の形。万は犠牲の動物の後ろ足の形。廟の中に犠牲の後ろ足と呪器としての貝とを供えて祭り、神を迎える儀礼を賓といい、もと廟の中に迎える神、客神(他から来た異族の神)の意味であった」

[考察]
字形の解剖にも意味の取り方にも疑問がある。宀はなぜ廟の屋根に限定できるのか。万はなぜ犠牲の後ろ足なのか。なぜ動物の後ろ足が供え物になるのか。普通は動物の全形(肢体の完全にそろったもの)が用いられた。また「宀+万+貝」で、なぜ「神を迎える儀礼」という意味になるのか。これからなぜ「廟の中に迎える神、客神(他から来た異族の神)」という意味になるのか。疑問だらけである。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法であるが、字形だけを相手にするから恣意的解釈になりがちである。また図形的解釈をストレートに意味とするから、あり得ない意味が出てくる。
賓の古典における用例を見てみよう。 
 原文:賓之初筵 左右秩秩
 訓読:賓の初めて筵エンする 左右秩秩 たり
 翻訳:客人の酒席に就く始めは 左右に整然と居流れる――『詩経』小雅・ 賓之初筵
賓は招かれて主人のそばに寄り添う客(主人とペアになる客)の意味で使われている。これを古典漢語ではpien(呉音・漢音でヒン)という。これを代替する視覚記号しとして賓が考案された。
客はよそからやって来て一時的に足をとめる客の意味で、お客(visitor)の意味のほか、他郷にやってくる人(旅人)の意味にもなる。賓はこれとは違い、招かれて大切にもてなされる客(guest)、主人と一対一に並ぶ客である。
賓の語源について、藤堂明保は、比のグループ、必のグループ、頻のグループ、また匹・畢・弼・鼻などとも同源で、「二つくっつく」という基本義があるとしている(『漢字語源辞典』)。
濱(浜)は水と陸がすれすれに接した所の意味である(1672「浜」を見よ)。これは賓に「二つくっつく」「すれすれまで近づく、接する」というイメージがあるからである。このイメージから主人のそばについて一対をなす客人をpien(賓)というのである。白川は309「客」で「客は廟の中に降下し格いたる神で、他から迎えた神(客神という)である」と述べており、賓と客を同一視している。言葉という視点が欠如しているからこんなことになる。
次に字源の問題。甲骨文字では「宀(いえ)+兀(ひと)」また「宀(いえ)+兀(ひと)+止(あし)」と分析できる。金文と古文では「宀(いえ)+兀または元(ひと)+貝(財貨)」となっている。これらは人がみやげものを持って家を訪れるといった情景を想定した図形になっている。これ以上の情報は含まれていない。篆文と楷書では「宀」と「貝」の間が崩れていてはっきりしない。
字形から意味を引き出すのは正しくない。字形は解釈しようと思えば何とでも解釈できる。逆に意味から字形を見るべきである。意味は言葉が使われる文脈から判断し把捉できる。