「敏」
正字(旧字体)は「敏」である。

白川静『常用字解』
「会意。もとの字は毎(每)と又とを組み合わせた形。毎は髪を結い髪飾りをつけた婦人の形。又は手の形。髪飾りの手(又)をそえ、髪飾りを整えて祭事に敏いそしむ(つとめはげむ)ことを敏といい、怠らずすばやく祭事をつとめることを敏捷という」

[考察]
敏に「髪飾りを整えて祭事につとめはげむ」とか「怠らずすばやく祭事をつとめる」といった意味はあり得ない。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。言葉の使われる文脈から出るものである。図形的解釈と意味の混同は白川漢字学説の全般的特徴である。
古典における用例を見るのが先決である。
①原文:農夫克敏
 訓読:農夫は克(よ)く敏なり
 翻訳:農夫はこまめによく働く――『詩経』小雅・甫田
②原文:好古、敏以求之者也。
 訓読:古を好み、敏にして以て之を求むる者なり。
 翻訳:私は古典を好み、一生懸命にそれを求めているものである――『論語』述而
③原文:回雖不敏、請事斯語矣。
 訓読:回不敏なりと雖も、請ふ、斯の語を事とせん。
 翻訳:私は愚かですが、お言葉に従います――『論語』顔淵

①は動作がきびきびとしてすばやい意味、②はてきぱきと行動に勉める意味、③は精神の働きがすばやい意味で使われている。これを古典漢語ではmiən(呉音でミン、漢音でビン)という。これを代替する視覚記号しとして敏が考案された。
敏は「每(イメージ記号)+攴(限定符号)」と解析する。每(muəg)は緩いけれども音のつながりがあるので、音・イメージ記号と見てもよい。 每については1523「繁」で述べている。每は「母(子を生み殖やす。音・イメージ記号)+屮(くさ。限定符号)」を合わせて、草木がどんどん殖える状況を示し、「どんどん数が増える」というイメージを表す。攴は動作・行為に関わることを示す限定符号。したがって敏は手の動作が次々に繰り出される状況を想定した図形。この意匠によって、休まずに手足をどんどん動かすことを暗示させ、上記の①の意味をもつmiənの表記とする。
③は比喩的転義である。白川は「敏捷に祭事に敏むことから、“さとい、かしこい”の意味となる」と述べているが、言語外のことから転義を説明しており、意味展開の必然性を欠く。