「浮」

白川静『常用字解』
「形声。音符は孚。孚は子の上に手(爪)を加える形で、人を手で捕らえるの意味であり、俘(とりこ)のもとの字である。浮は水中に没している子を上から救おうとしている形で、“うく、うかぶ、うき流れる、ただよう”の意味に用いる」

[考察] 
字形の解釈にも意味の取り方にも疑問がある。孚を「人を手で捕らえる」の意味としながら、浮を「水中に没している子を上から救おうとしている形」としている。「捕らえる」と「救う」では全く違う。また「水中に没している子を上から救おうとしている形」から、なぜ「浮く」「浮かぶ」の意味になるのか。溺れた子をすくい上げると、子は水上に浮かぶからであろうか。意味展開の説明に無理がある。
形声の説明原理がなくすべて会意的に処理するのが白川学説である。会意とはAの意味とBの意味を足し合わせた「A+B」をCの意味とする方法である。これに対し、言葉の深層構造に掘り下げ、コアイメージを捉えて語源的に意味を捉えるのが形声の方法である。言葉という視座に立つのが重要であるが、白川学説では言葉は無視され、字形だけで意味を論じる。
まず古典における浮の用例を見る。
 原文:汎汎楊舟 載沈載浮
 訓読:汎汎たる楊舟 載(すなは)ち沈み載ち浮かぶ
 翻訳:ぷかぷか浮かぶヤナギの小舟 水の間に間に浮き沈み――『詩経』小雅・菁菁者莪
浮は明らかに「(水上に)うかぶ」の意味である。これを古典漢語ではbiog(呉音でブ、漢音でフウ)という。これを代替する視覚記号しとして浮が考案された。
浮は「孚(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。孚は「爪(て)+子(こ))」というきわめて舌足らず(情報不足)な図形で、解釈しようと思えば何とでも解釈できる。『説文解字』では「卵孚なり」と解釈している。これは孵化の孵と結びつけた解釈。孵化とは鳥が卵を羽で覆って温め、卵をかえすことである。ここに現れた「上から覆いかぶせる」というイメージが大切である。このイメージを表すために工夫されたのが孚である。孚は「爪(下向きの手)+子(子ども)」を合わせて、子どもの頭の上を手で覆う情景と解釈である。『説文』は鳥が翼で雛を覆う情景と見たものであろう。しかし言葉のイメージは手とも子とも関係がない。手や子はただ「上から覆いかぶせる」というイメージを表すための道具立てに過ぎない。
上の用例で見た浮は「うかぶ」の意味である。水上に浮かぶ姿はどんなイメージだろうか。物体が水の上に覆いかぶさった状態であろう。だから「うかぶ」を意味する言葉を、「上から覆いかぶせる」というイメージをもつ孚に限定符号の水を添えた浮によって表記するのである。