「紛」

白川静『常用字解』
「形声。音符は分。分は刀でものを二つに分けることをいい、細分されたものをいう。多数の糸がもつれて乱れている状態を紛といい、“みだれる、もつれる、まぎれる、まじる” の意味に用いる」

[考察]
紛に「多数の糸がもつれて乱れている状態」という意味はない。これは図形的解釈であろう。図形的解釈と意味を混同するのは白川漢字学説の全般的特徴である。
古典における紛の用例を見る。 
 原文:挫其鋭、解其紛。
 訓読:其の鋭を挫き、其の紛を解く。 
 翻訳:鋭いものはへし折り、もつれたものは解きほぐす――『老子』第四章
紛はごたごたと入り乱れる意味で使われている。これを古典漢語ではp'iuən(呉音・漢音でフン)という。これを代替する視覚記号しとして紛が考案された。
紛は「分(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。分は「八(↲↳の形に分ける)+刀(かたな)」を合わせて、「↲↳の形に(左右に、二つに)分ける」というイメージを示す記号である。このイメージは「分散する」「細かく(小さく)分かれる」というイメージに展開する。糸は糸と関係がすることを示す限定符号。限定符号は意味領域を指定するほかに、図形的意匠を作るための場面設定の働きもある。紛は糸の束が分散して、小さいものが入り乱れる情景を設定した図形。この意匠によって上記の意味をもつp'iuənを表記した。紛糾の紛はこの意味。
紛には「まぎれる」の訓がついている。マギレルとはマ(目)+キル(キラキラ)で、「まぶしくて目がくらみ、物の形がよく識別できなくなることが原義」という(『古典基礎語辞典』)。漢語の紛はこれとイメージが違う。もっとも入り乱れると見分けがつかなくなるから、紛と「まぎれる」を結びつけたくなる。しかし「まぎれる」や「まがう」は日本的展開である。