「墳」

白川静『常用字解』
「形声。賁はもと𠦪を要素とする字で、𠦪は花がいっせいに開き始める形で、中にある力が外にあらわれる、下から上にもりあがるの意味がある。土をもりあげた“はか” をいう」


[考察]
字形の解剖の疑問については1621「噴」で述べた。賁に𠦪は含まれていない。明らかに貝が含まれている。花とは何の関係もない。また賁に「中にある力が外にあらわれる」という意味はないが、「下から上にもりあがる」というイメージはある(意味とイメージは違う)。 
古典における墳の用例を見る。
①原文:遵彼汝墳 伐其條枚
 訓読:彼の汝墳に遵ひ 其の条枚ジョウバイを伐る
 翻訳:汝の川の堤に沿うて 細枝と太枝を切る――『詩経』周南・汝墳
②原文:鞭荊平之墳三百。
 訓読:荊平の墳を鞭うつこと三百。 
 翻訳:[呉子胥は]楚の平王の墓を三百回むち打った――『呂氏春秋』首時

①は土を盛り上げた堤の意味、②は土を盛り上げた墓(土饅頭)の意味で使われている。これを古典漢語ではbiuən(呉音でブン、漢音でフン)という。これを代替する視覚記号しとして墳が考案された。
墳は「賁(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。賁については1621「噴」で述べたが再掲する。
賁は「卉+貝」に分析できる。卉は花卉の卉である。卉は芔がもとの形。屮(草)を三つ重ねた形で、草がこんもりと群がり生える情景。これを図示すると∩の形。賁は「卉(∩の形に盛り上がる。イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。賁は貝殻が∩の形に丸く盛り上がっている状況を示す。ただしこんな意味を表すのではない。「丸くふくれる」「中身が詰まって盛り上がる」というイメージを表す記号とするのである(1621「噴」の項)。 
墳は「丸くふくれる」「中身が詰まって盛り上がる」というイメージ。土は土と関係があることを示す限定符号。したがって墳は中身が詰まって丸く盛り上がった土を示す図形。この意匠によって上の①の意味をもつbiuənを表記する。
①が最古の文献である。意味も①が最初であると考えてよい。②はその転義である。墳と墓はともに「はか」の意味があるがイメージが異なる。墳は土を盛り上げて作った土饅頭形のはかである。