「奮」

白川静『常用字解』
「会意。金文の字形は、衣と隹と田とを組み合わせた形。衣の中に隹(鳥)を入れ、鳥の脚に田形の器(鳥の脚を止めておく道具)をはめ、鳥を衣の中に捕らえておく形が奮で、鳥が逃げ出そうとして“はばたく、ふるう、はげむ” の意味となる」

[考察]
言葉という視座がなく、ただ字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。衣(ころも)+隹(鳥)+田→鳥を衣の中に捕らえておく→鳥が逃げ出そうとしてはばたくという意味を導く。
鳥を衣の中に捕らえることから、なぜ「鳥が逃げ出そうとしてはばたく」という意味が出るのか。そもそも鳥を衣の中に捕らえるという行為があるだろうか。普通は鳥網で捕らえるものだろう。理屈に合わない話である。
一方、1216「奪」の項では「衣の中の隹が逃げ出そうとするのを手で捕らえようとしている形で、とらえるの意味」としている。字形の解釈は奮と奮がほとんど同じ。それなのになぜ奮が「はばたく」で、奪が「とらえる」なのか、区別の根拠がはっきりしない。言葉という視座がないからからこんなことになる。
言葉という視座から字形を見る必要がある。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るものではない。意味は言葉の使われる文脈からしか出てこない。端的に言って、意味とは言葉の使い方である。
古典から使い方の用例を見るのが先決である。意味を確かめてから字源に入るのが筋である。 
①原文:靜言思之 不能奮飛
 訓読:静かに言(ここ)に之を思へば 奮飛する能(あた)はず
 翻訳:じっと思いをひそめれば 鳥のように飛び立てぬ――『詩経』邶風・柏舟
②原文:王奮厥武 如震如怒
 訓読:王厥(そ)の武を奮ひ 震ふが如く怒るが如し
 翻訳:王が武勇をふるう様は 雷が震うよう たけり狂うよう――『詩経』大雅・常武

①は鳥が力をこめて勢いよく飛び立つ意味、②は力を込めて勇み立つ(ふるい立つ)の意味で使われている。これを古典漢語ではpiuən(呉音・漢音でフン)という。これを代替する視覚記号しとして奮が考案された。
奮は「大(大きい。イメージ記号)+田(た・地面。イメージ補助記号)+隹 (とり。限定符号)」と解析する。鳥が翼を大きく広げて、地上からぱっとはばたく情景を設定した図形。「大+隹+田」という単純な形であるが、上記の①の意味をもつpiuənの表記のために造形されたと考えれば、このように解釈するのが妥当であろう。
語源的に見ると、piuən(奮)という語は、噴・憤・奔・忿・沸・勃などと同源で、「↑の形に勢いよく出る」というコアイメージをもつ語群の一員である。