「陛」

白川静『常用字解』
「形声。音符は坒へい。坒は土の階段の上に二人の人が並ぶ形。説文に“高きに升るの階なり”とあり、宮廟の堂室に上る“きざはし”をいう」

[考察]
説文には「坒は地相次比するなり」とある。次々に連なり続くという意味に取っている。階段という意味ではない。白川の引用する「高きに升るの階なり」は陛の説明である。
上の字源説では阜(阝)への言及がない。白川学説では阜を「神が天に陟り降りするときに使う神の梯」と解するのが常である。162「階」もそれから「きざはし」の意味を導いている。なぜ「陛」では神梯説を用いないのか。陛下という尊称となじまないからか。理由が分からない。
坒の解釈も疑問。字形を「比(二人が並ぶ)+土」とし、ストレートに「土の階段の上に二人の人が並ぶ」と解釈するが、そんな意味はない。説文の解釈が正しい。
古典での陛の用例を見る。
 原文:公被狐白之裘、坐堂側陛。
 訓読:公、狐白を裘を被り、堂側の陛に坐す。
 翻訳:殿様はキツネの毛皮を着て、表座敷のそばの階段に座っていた――『晏氏春秋』内篇・諫上
陛は宮殿の階段の意味で使われている。これを古典漢語ではber(呉音でバイ、漢音でヘイ)という。これを代替する視覚記号しとして陛が考案された。
陛は「坒ヒ(音・イメージ記号)+阜(限定符号)」と解析する。坒は「比(音・イメージ記号)+土(限定符号)」と解析する。比は二人が並んでいる形。図示すると▯-▯の形。これは「くっつくようにして並ぶ」というイメージ。これが連鎖すると▯-▯-▯-▯の形。これは「次々に順序よく並ぶ」というイメージ。坒はこのイメージを表す記号である。阜は積み上げた土、盛り土、段々、丘、山などと関係があることを示す限定符号。したがって陛は一段一段と連なり並ぶ土の段々、つまり階段を暗示させる。この意匠によってberという語を表記する。
貴人などの敬称として殿下、閣下、貴下など、~下という言い方がある。天子の場合が陛下である。 天子は宮殿にいる。臣下は階段の下で控えている。臣下のいる場所でもって、天子を陛下と呼ぶ。これは換喩的な婉曲語法である。