「弊」

白川静『常用字解』
「形声。音符は敝。敝は㡀(儀礼のときにつける前かけの形)と攴(うつの意味がある)とを組み合わせた形で、前かけが破れる、傷むの意味がある。弊は疲れた果てにたおれるの意味となる」

[考察]
敝に「前かけが破れる、傷む」という意味があるだろうか。そんな意味はない。説文では「敗衣(敗れた衣)」とあるが、用例がない。また「前かけが敗れる、傷む」の意味からなぜ「疲れた果てに倒れる」という意味になるのか。そもそも弊に「疲れた果てに倒れる」という意味があるのか。「廾」の説明もない。
古典における弊の用例を見てみよう。
①原文:大成若缺、其用不弊。
 訓読:大成は欠けたるが若し、其の用弊(やぶ)れず。
 翻訳:究極の完成は欠けた所があるように見える。しかしいくら使ってもこわれることはない――『老子』四十五章
②原文:冠雖穿弊、必戴於頭。
 訓読:冠穿弊すと雖も、必ず頭に戴く。
 翻訳:冠は穴が開いてぼろぼろでも、必ず頭にかぶせる――『韓非子』外儲説左下

①は物がこわれてだめになる(やぶれる)の意味、②は衣などが破れてぼろぼろになる意味で使われている。これを古典漢語ではbiad(呉音でベ、漢音でヘイ)という。これを代替する視覚記号しとして弊が考案された。
弊は「敝(音・イメージ記号)+廾(限定符号)」と解析する。敝については1639「幣」で述べた。敝は「㡀+攴」に分析する。㡀は「八(二つに分ける)+八+巾(ぬの)」に分析する。八がコアイメージに関わる基幹記号である。「二つに分ける」というコアイメージである。㡀は布を切り分ける情景。敝は衣などを二つに切り裂く様子を示している。廾は両手または手の動作に関係があることを示す限定符号。したがって弊は物を二つに裂いて破る状況を示している。この意匠によって上の①②の意味をもつbiadの表記とする。
転義として、力や勢いがぐったりしてだめになるという意味がある。これが疲弊の弊である。白川のいうような「疲れた果てに倒れる」という意味ではない。