「弁(辨)

白川静『常用字解』
「形声。音符は辡べん。辡は、もし誓約にそむくときは入れ墨の刑罰を受けますという意味で、辛(入れ墨をするときに使う針の形)を二つ並べた形で、裁判にあたって原告と被告が誓約して争うことをいう。刀(刂)はものを二つに分けるときに使う。原告・被告双方の主張を分明にして訴訟を“さばく” ことを辨という」

[考察]
辛(入れ墨用の針)を二つ並べて、なぜ「もし誓約にそむくときは入れ墨の刑罰を受けます」という意味になるのか、また「裁判にあたって原告と被告が誓約して争う」という意味になるのか、よく分からない。また辨に「原告・被告双方の主張を分明にして訴訟をさばく」という意味があるのか。こんな意味は辨にないだろう。1655「弁(辯)」でも辨と解釈がある。白川は辨と辯を混同している。
白川漢字学説は言葉という視点がなく、字形からのみ意味を導く方法である。だから字形の恣意的な解釈に陥りやすい。辛を二つ並べて「もし誓約にそむくときは入れ墨の刑罰を受けます」の意味だというのは、あまりにも勝手な解釈である。字形の解釈をストレートに意味とし、図形的解釈と意味を混同するのも白川漢字学説の全般的特徴である。
意味とは「言葉の意味」であって「字形の意味」ではない。言葉の使われる具体的文脈からしか出てこない。文脈における言葉の使い方が意味である。辨の用例を古典から見よう。
①原文:君子以族類辨物。
 訓読:君子は族類を以て物を辨ず。
 翻訳:知識人は似たものでもって物の違いを区別する――『易経』同人
②原文:子張問崇德辨惑。
 訓読:子張、徳を崇(たか)くし惑ひを辨べんずるを問ふ。
 翻訳:子張は、徳を高め、迷いをはっきりさせる方法を質問した――『論語』顔淵

①は是非・善悪などの違いを分けて区別する意味、②は見分けてはっきりさせる意味で使われている。これを古典漢語ではbian(呉音でベン、漢音でヘン)という。これを代替する視覚記号しとして辨が考案された。
辨は「辡ベン(音・イメージ記号)+刀(限定符号)」と解析する。辡は「辛(刃物)+辛」を合わせて、二つに切り分けることを示す記号である。これに刀を添えた辨は刀で二つに切り分ける状況を示している。これは図形的意匠であって意味ではない。刀で両断することを比喩として、あいまいな事態・状態を二つに分けてはっきりさせることを表そうとする。かくて上記の①②の意味をもつbianを辨で表記するのである。
日本では辨・辯・瓣を弁に統合した。今では弁しか使われないので、辨・辯・瓣の違いが分からなくなった。現代中国では四つとも区別している。